2013年04月26日

源頼朝の父「義朝」の運命

その父 義朝は近臣 鎌田正清と共に、海側から野間へ向かった。
 野間とは現在の愛知県知多半島 美浜町の事である。
 ここには鎌田正清の舅で義朝も信頼を寄せる長田忠致(おさだ ただむね)が居たからだ。
前にも話した通り、戦いに負けた義朝にとっては、誰を頼りにするかは重要な事だった。
 つい昨日まで信頼できる人物だと思っていても、平氏の手が回り、寝返っている場合もありうる。
また平氏の手が回っていなくても自ら寝返り、手柄をたて様とする者もある。
例えば義朝に同情し一晩泊めただけでも平氏から賊軍と見なされ、
命を取られる場合も考えられる。
 そうして究極の選択をして訪ねたのが野間の長田忠致だった。
何よりも近臣 鎌田正清の舅であり、保元の乱のおりには逸早く
義朝と共に戦いたいと駆け付けた人物である。
義朝も長田忠致に厚い信頼を寄せ、
彼なら万が一の場合にも強い味方になって貰えると信じて彼を頼った。
posted by KANCHI at 11:50| Comment(1) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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