2013年05月03日

源頼朝の父「義朝」の運命 その2

源頼朝の父 義朝も、近臣 鎌田正清も厚い信頼を寄せた長田忠致・・・
と描く事が本当に正しいのか?
もしくは、他に頼るあても無く、究極の選択で選んだ長田忠致・・・と描く方が正解なのか?
実のところ、悩むところではあるが、とにかくドラマチックな展開にするために
一旦「厚い信頼を寄せた長田忠致」という事で話しを進めよう。

勿論、長田忠致も既に平治の乱で義朝が破れた事を知らされていた。
そしてその安否を心配しながら過ごしていた。
義朝が自分を頼りに訪ねて来た事を知ると、忠致は涙を流して喜び、屋敷の中へ招き入れた。
門前払いされても仕方ない状況で招き入れられた事に義朝も安堵する。
久方振りに真面な食事をして、その後 風呂を勧められ義朝もその好意に甘えて風呂に入る事にした。

清和源氏のその嫡男として生まれ育った義朝は、誰しもが認める武士の中の武士だった。
その武士の中でも「刀」を持たせたら右に出る者はない事で有名だ。
「太刀」ひとつ有ればどんなに立派な「刀」を相手が持っていようとも勝てる自信があった。
武士は如何なる時も「刀」を肌身離さぬもの という教育を受けて育った義朝は、
風呂に入る時も寝る時も「太刀」を持ち、放す事は無かったし、
この時もいつもと同じ様に湯殿で着物を脱ぎ、太刀を持って入ろうとした。
しかし「太刀」を持ち風呂に入ろうとした義朝の姿を見ていた長田忠致は、悲しげに言った。
 「殿 風呂に入る時ぐらい太刀はお放し下さい。何かある時は私が必ず殿をお助け致します。
 それではまるで この忠致を信頼できぬと言っているかの様です。私の顔をお潰しあるな」と・・・・
無理を言って世話になっている相手から そう言われ、
義朝は太刀を脱いだ着物と共に置き、そして風呂へと向かった。
現実には、その瞬間が何時であったか長田忠致 本人にしか分かり得ない事だが、
義朝が風呂に入るのを見届けて、長田忠致はふと考えた。
「私を信頼して義朝様は我館に来て下さった。
 がしかし、義朝様がここを出てから後に、平氏にこの事が分ったら・・・・」と。
「ならば・・・今この時、平氏に知らせを送れば、大きな手柄となるのではないか?」
長田忠致は身の危険を感じ、平氏に報せを送った。
そう・・・おそらく忠致は もうずっと前から義朝が自分を頼ってここに来る事を予期していただろう。
すでに、その時が来たら自分はどうすべきかを考えていただろう。
門前で追い返す事も出来たはずだが忠致は一先ず義朝を屋敷に通した。
そして隙を見て平氏に報せを送った。
それが長田忠致の出した結論だった。
平氏の力を恐れての事だから仕方ないが、結局 義朝は裏切られたのである。
間も無く平氏側の武士により、長田忠致の館と湯殿は取り囲まれてしまった。
posted by KANCHI at 11:57| Comment(0) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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