2013年08月30日

頼朝を救った人物 常盤御前 その3

清盛は常盤を、そして3人の義朝の子を殺すつもりでいて
しかし、目の前に現れた人妻「常盤」が、余りに美しかった為に判断を誤る事となる。
噂には聞いてはいたが、常盤は想像以上、噂以上の美女だった。

平家物語の中に、その美しさの様子が描かれている。
常盤御前は源義朝の妻となる前、九条院(近衛院)の中宮(雑仕女)だったが
その中宮に選ばれる際、九条院は全国から美女を1000人集め、その中から100人を絞込み、
最後に選ばれたのが常盤だったと。常盤はミスユニバースの日本代表だった訳だ。

その美しい常盤は、凛とした姿で平清盛の前に現れ、
「私の命は差し上げます。その代わり、この幼い我子をお助け下さい。せめて命だけは・・・・。」
と願い出た。そして「12歳の頼朝の命乞い」も付け加えたかも知れない。
平清盛はその願いを条件付きで受け入れた。
「3人の子供は其々別の寺に預け、僧侶として育てる事。」
そして「常盤は自分の傍に仕える様に」と。
美しい常盤との対面。幼き子供への油断。そして義理の母 池禅尼の願い。
偶然重なった2つの対面が、平清盛の判断を鈍らせ、後の運命を大きく変える。
「源頼朝は伊豆への流刑」と決まり、
常盤の3人の子は、今若は京都 醍醐寺に、乙若は京都 神護寺に、
 幼い牛若は暫くは母 常盤の元に置かれる事が許され、
何れ京都 鞍馬寺に預けられる事が決まった。

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2013年08月23日

頼朝を救った人物 常盤御前 その2

源頼朝の父 源義朝が長田忠致の裏切りに合い殺害され、
源頼朝の兄 源義平が六条河原で首を斬られ、二人の首は京の都で「晒し首」となったが、
その時 常盤(ときわ)御前 は幼い3人の子供を抱え、それを見ていた。
自分の愛する人が目の前で「晒し首」となれば辛く悲しいかった事に間違いは無いが
常盤御前には、それを悲しんでいる時間は無かった。
 悲しみよりも彼女の頭の中は「我子の命を守る事」だったに違いない。
義朝 亡き今、平清盛が次に思う事は、その子供達の命を盗る事。
次男 朝長、嫡子 頼朝の命は勿論。我子の命も・・・・3人の我子は何れも男子で、
自分は源氏再興を望んでいたであろう義朝の為にも、
何としても我子の命を守らなければならない。
きっと彼女は「晒し首」を見て震えながら そう考えていただろう。
 常盤御前は3人の子供を連れ京の都を出て、大和国の山の中へ行く当ても無く、
雪の降る大和路を進んだ。
命を守るためには、誰にも行き先さえ伝えられず産まれたばかりの牛若を抱き、
7歳の今若も5歳の乙若も必死で母の後を追った。
 しかし、都を逃れた常盤は 都の実母が、平清盛に捕らえられた事を知る事となる。
我子の命は助けたい。しかし、母の命も見捨てる事は出来ない。
常盤は、武士の妻としての覚悟を決めて、都に戻り平清盛に対面する選択をした。
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2013年08月16日

頼朝を救った人物 常盤御前 その1

その偶然とは・・・・頼朝との対面が決まったその時、
平清盛はもう一つの対面をしていた事である。それは常盤御前との対面であった。
常盤御前は 源義朝の最後の妻であり、3人の御曹司の母である。
3人の御曹司は頼朝にとっても腹違いの弟にあたり、
上から「今若(いまわか) 」7歳、「乙若(おとわか) 」5歳、「牛若(うしわか) 」0歳で、
一番幼い「牛若」は後の 源義経 である。
「 常盤御前 」との対面は平清盛にとって予想外の出来事だった。
平清盛は家来に命じて 「 常盤御前 」 を捕らえさせた。
そして 「 常盤御前 」 は捕らえられ 平清盛との対面となった。
対面する事そのものは予想外では無かったが、
清盛は当初 頼朝を捕らえた時と同じ様に常盤御前 も、
その子供達も殺すつもりでいた。しかし、気が変わった。
また 「 魔が差した 」のである。
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2013年08月09日

頼朝を救った人物 池禅尼 その5

源頼朝は「死」を覚悟していた。
父や兄の死を知らされた12歳の少年は自分の立場を理解していた。
自分は12歳。兄 義平よりも幼い。しかし兄よりも父に可愛がられ嫡子として育てられた。
そんな自分を平清盛が生かして置くはずが無い。
しかし、逃げる事は出来ない。「死」を受け止めるしかない。
そんな思いで頼朝は平清盛と対面する。
キリリとした12歳の 敵の嫡子の姿を平清盛は、どんな思いで迎えたのだろうか?
頼朝と対面する前から、清盛は殺す事を決めていた。
敵 源義朝の息子達を滅亡させる事は当然だと思っていた。
それを成し遂げた時こそ平氏が武士の頂点に立てると確信していた。
しかし その後、義理の母 池禅尼 の嘆願に「 魔が差した 」・・・・・
それは平清盛の優しさだったのか? それとも平家物語に描かれた 「 おごり 」 だったのか?
とにかく平清盛は結論として、池禅尼の願いを聞き入れてしまう。
確かに 池禅尼 が 平清盛 に頼み事をした事は今まで一度も無かった。
その 「 わがまま 」 を一切言わない母が、そこまで頼むのであれば・・・
清盛はそう思ったのかも知れない。
しかし この決断には、もう一つの偶然が重なっていた。
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2013年08月02日

頼朝を救った人物 池禅尼 その4

頼朝の運命はこの池禅尼と平頼盛の家来であった宗清によって大きく変わった。
平宗清は池禅尼に捕えた頼朝と会って欲しいと伝え、はじめ池禅尼はそれを断っている。
その後、実際に池禅尼が源頼朝と対面をしたかどうかは明らかではないが、
宗清は池禅尼にこう伝えた
 「 ついに源氏の嫡子 頼朝 が見つかりました。間も無く清盛様のもとに連れて来られるでしょう。
 しかし、捕えてみて驚きました。頼朝は家盛さまに瓜二つで御座います。」と・・・・・
正室の子として生まれながら嫡子として育てる事も出来ず、一門の為に父や兄 清盛に良く従い、若くして亡くなった家盛への思いが池禅尼の中で湧き上がったに違いない。
家盛への会いたさが、瓜二つだというその頼朝への会いたさに変っただろう。
そして池禅尼は、その我子 家盛に似た頼朝の命乞いを清盛に願い出た。
 その事が平清盛や源頼朝の運命だけでなく、
日本の歴史を大きく塗り替える結果となって行くのである。
posted by KANCHI at 09:19| Comment(0) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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