2013年11月22日

流刑人 源頼朝の生活 その2

源頼朝の流刑生活には蛭ヶ小島の周辺に住む
多くのお節介焼きな人々の存在が欠かせなかっただろう。
流刑人ではあっても 近所の人達にとっては13歳の子供であり
源氏の嫡流であり、読経に明け暮れる真面目な少年で 好感が持てる。
そんな頼朝の生活を想像させる話しの一つが
伊豆の国市いずのくにし)」旧 韮山町の原木にある成願寺に伝わっている。
いつの頃からか頼朝は三島大社に通う様になる。
源氏の再興を願うためだったと伝わっているので既に少年ではなかったかも知れないが
神信心は「源氏再興」を願う前から行っていたとも思われる。
三島大社に通う途中 1人のお婆さんが餅を売っていた。
頼朝はお婆さんと親しくなり 餅を貰ったり
時にはお婆さんが餅を持って蛭ヶ小島を訪ねる事もあったらしい。
少年 頼朝はこの餅にどれだけ励まされた事だろうか?
餅を頬ばりながら頼朝は「いつか必ずお礼をする」と心に誓っただろう。
成願寺は後に頼朝がお婆さんの為に建てたお寺である。
posted by KANCHI at 23:09| Comment(0) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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