2013年12月20日

源頼朝の思春期 その4

源頼朝が裏も表も「お利口な流刑人」だったのは おそらく少年時代までだろう。
とは言っても7年は長い。「石の上にも三年」という位いだから
頼朝は随分辛抱した事になる。
しかし そのお陰で世間はすっかり頼朝のイメージを固めてしまったのではないだろうか?
しかし その後の頼朝の行動を思うと世間は頼朝に騙された様なものである。
「たまには破目を外したら?」と勧められたかどうかは分らないが
ジメジメした蛭ヶ小島の小屋を抜け出して「巻き狩り」の練習にも出掛け
神信心を口実に女性との「逢引き」も重ねる様になる。
年頃の男なら誰でもやっている事だよ・・・と それを勧めたのは何れも
伊東祐親の次男 祐清や北条時政の長男 宗時などである。
それも・・・女なら誰でも良いと言う訳では無い。
祐清も宗時も自分の妹を頼朝に紹介しているのだから
そこに2人の本心と策略が見え隠れする。
妹と頼朝が結ばれれば、自らは頼朝の兄となれる。
頼朝の力量に新たな時代を感じて素直に惚れ込んでいたか?
自分の思う様に頼朝を動かそうとしたか?
いずれにしても頼朝という男に未来を感じていなければ
自分の妹を紹介したりはしなかっただろう?
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2013年12月13日

源頼朝の思春期 その3

源頼朝の少年時代は「お利口な流刑人」だったのだろう。
しかし頼朝の心は一歩進んで二歩下る様な具合いに少しずつ変化して行ったに違いない。
表向きには「お利口な流刑人」だが心には「大きな野望」が芽生えていた。
13歳で伊豆に流されてから7年の少年時代を過ごしているうちに
世の中も「絶対平氏」の時代から少しずつ変化していた。
かと言っていきなり政権交代とは行かない。
目には見えないが「反 平氏」の心が各地の豪族の間に生まれ始める。
特に、古い考えを持つオヤジ達ではなく その息子たちの中にそれは育ち始めていた。
「平氏にあらずんば人にあらず」の平氏以外を人として扱わず奴隷の様に操って来た
平氏のやり方に違和感を抱き「変えなければ」という思いが
若者たちの間に生まれていたのである。

伊豆に源氏の御曹司が静に暮らしている。
彼らは新しい時代を模索し その可能性を源頼朝に感じていた。
どうせ暇を持て余し お経ばかりを読んで暮らしている。会いに行って見よう!
流刑人に自ら会いに行く事など平氏に脅えるオヤジたちはしない。
平氏に有らぬ疑いを持たれても面倒だ。
しかし 息子たちは流刑人 頼朝に会いに蛭ヶ小島を訪れた。
会って見ると、頼朝は想像以上 噂以上に魅力的だったに違いない。
生まれつきの血筋の良さも 賢さも感じたに違いない。そして思う。
新しい自分たちの時代を こいつを使って作り出せないか?
世の中を変える可能性を頼朝に感じ、心を開いて語った。
頼朝は年の近い若者たちの言葉に 少しずつ心を開いていったのだろう。
心を開いた頼朝の流刑生活には少しずつ変化が現れた。
posted by KANCHI at 19:49| Comment(0) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月06日

源頼朝の思春期 その2

静かに暮す頼朝に少しずつ変化が起こるのは20歳を過ぎた頃であろう・・・
記録がないのであくまでも想像の上での話しだ。
命を救われた事に感謝し平清盛や池の禅尼に逆らわぬ様に
毎日 父や兄達の冥福を祈り お利口さんに暮らしていた頼朝のもとには
いつの頃からか、源氏再興を目論んだり、心底 それを願う者などが訪ねてきては
頼朝の様子を窺ったり、説得にあたる事もあっただろう。
しかし頼朝は態度を変える事なく少なくとも17年を過ごしたのである。
ただし、変える事がなかったのはあくまでも表面から見える「態度」の部分であって
目には見えない「心」の部分は、徐々に変化していたか?
ある時を境にいきなり変化したのか?だとしたらそれはいつ、
何が、きっかけだったのか?頼朝本人以外の誰にも分からない。
平清盛や池の禅尼に感謝して お利口さんでいたのか?
清盛を恐れて そうしていたのか?それすらも想像するしかないのである。

自称、頼朝を誰よりも愛し、頼朝の心を誰よりも理解する私の思うところを
期待と想像を交えて自由に書かせてもらうとしたら、
真面目一筋に生きた少年 頼朝の心を最も変化させたものは
「恋愛」だったのではないだろうか?
純粋無垢な童貞君は思春期を迎え、ある時 大人の世界を知ってしまう。
のちの「無類の女好き頼朝」の開花だ。
歴史の教科書には決して書かれる事のない頼朝の真実の姿がそこに見えてくる。
だから歴史は面白い。
頑なまでに親孝行で真面目な少年頼朝が歴史の教科書に載る事になったのは
実は、教科書では描く事のできない部分だったと想像するだけで楽しい。
posted by KANCHI at 16:08| Comment(0) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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