2013年12月20日

源頼朝の思春期 その4

源頼朝が裏も表も「お利口な流刑人」だったのは おそらく少年時代までだろう。
とは言っても7年は長い。「石の上にも三年」という位いだから
頼朝は随分辛抱した事になる。
しかし そのお陰で世間はすっかり頼朝のイメージを固めてしまったのではないだろうか?
しかし その後の頼朝の行動を思うと世間は頼朝に騙された様なものである。
「たまには破目を外したら?」と勧められたかどうかは分らないが
ジメジメした蛭ヶ小島の小屋を抜け出して「巻き狩り」の練習にも出掛け
神信心を口実に女性との「逢引き」も重ねる様になる。
年頃の男なら誰でもやっている事だよ・・・と それを勧めたのは何れも
伊東祐親の次男 祐清や北条時政の長男 宗時などである。
それも・・・女なら誰でも良いと言う訳では無い。
祐清も宗時も自分の妹を頼朝に紹介しているのだから
そこに2人の本心と策略が見え隠れする。
妹と頼朝が結ばれれば、自らは頼朝の兄となれる。
頼朝の力量に新たな時代を感じて素直に惚れ込んでいたか?
自分の思う様に頼朝を動かそうとしたか?
いずれにしても頼朝という男に未来を感じていなければ
自分の妹を紹介したりはしなかっただろう?
posted by KANCHI at 20:54| Comment(0) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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