2008年09月22日

源頼朝への使者

源頼朝に対する周囲の評価は、誰よりも頼朝自身が感じ取っていただろう。
源氏再興の為に他の誰よりも働き、功績を残した義経を鎌倉から追い出し奥州へと追いやった。
「何もそこまでしなくても」と家来達は思っているだろう。そして
「どこまでやるのだろう?」と不安を感じているだろう。
そんな世間の評価を頼朝も感じながら しかし後に引く事も出来なかった。
それでも弟 義経の方から戦を仕掛けて来るなら、その時は迎え討つしかない。
しかし その義経は藤原秀衡という後ろ楯を失い 攻めては来ないと分った。
自分への世間の評価を下げずに奥州を手に入れるにはどうしたらいいか?
頼朝は正当な理由で奥州を攻める方法を模索していたのである。
そんな時、藤原泰衡から使者が送られ「義経の首」が届いた。
言い訳の手紙も同封されている。
頼朝は神妙な趣で義経の首を確認すると表情も変えずに決断した。
「奥州 藤原氏を討つ」と・・・そして奥州からの使者を全て斬り捨てた。
頼朝の頭に浮んだのは時間が経てば奥州を討つ正当な理由が無くなるという事だった。
畠山重忠を総大将とする7万余騎が奥州へ向かい奥州藤原氏は滅亡した。
遂に頼朝は奥州藤原氏を滅ぼし事実上 全国の頂点に立ったのである。
posted by KANCHI at 11:38| Comment(0) | 頼朝の戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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