2009年07月30日

源頼朝の意思 勝利

源頼朝の意思を継ぐ為 北条政子は尼将軍となった。
武士の結束が彼女の望みである。それは頼朝の望みであったはずだからである。
政子の弟 義時も執権として政子に従った。
頼朝亡き後、初めての 実力を持つ将軍の誕生となったのである。

承久3年(1221)後鳥羽上皇は順徳天皇を退位させ自分の御子に皇位を譲らせて、
上皇となった順徳と共に幕府打倒に踏み切り、全国に院宣を下したのである。
鎌倉に その報が伝わったのは4月19日、承久の乱の勃発である。
直ちに65歳の尼将軍は立ち上がり 皆を集めた。
集結した武士たちは政子の言葉に心を一つにした。
御家人たちは 頼朝に従い幕府を開くために奮闘した頃を思い出した。
本当の武士の力を見せる時である。

鎌倉軍はあらゆる街道から分かれて一気に京に攻め入った。
そして鎌倉軍は見事な勝利を果たしたのである。
後鳥羽上皇は隠岐へ、順徳上皇は佐渡に配流となった。
頼朝の思いが、そして御家人たちの頼朝への思いが
鎌倉軍を勝利させたのではないだろうか?
これまで朝廷の権威に振り回され、朝廷の為に戦ってきた武士が
初めて朝廷を敵に回した戦いに鎌倉軍は勝利したのである。
それは歴史的快挙だった。
posted by KANCHI at 08:32| Comment(0) | 頼朝の戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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