2009年09月17日

源頼朝は浮気性?

源頼朝が浮気性だった事は有名だが頼朝の父 義朝も負けては居ない・・・・。
と言うよりも当時の感覚では一夫多妻は当たり前の事だ。
むしろ北条政子が大げさに騒ぎ過ぎで「やきもち焼き」だった事になる。
これは京の公家文化と関東の武家文化の違いでもある。
源氏は元々 関東の出だが 義朝も頼朝も京暮らしが長い。
天皇は多くの妃を置き、その血を絶やさぬ様にするのが常識だった。
血を絶やしてはいけないのは武士も同じである。
義朝も頼朝も素直にそれを受け入れた。
しかし坂東ではその文化が理解できなかった。
現に頼朝と政子の間に生まれた子供達は何れも身体が弱く
大姫も乙姫も病気で亡くなり、頼家も実朝も病弱だった。
そして源氏の血は絶えた・・・。
というよりも頼朝の血が絶えた。と言った方が正しいだろうか?

ふと思う・・・頼朝が若き頃に伊東祐親の娘 八重姫との間に生まれた子
千鶴丸が もし殺されずにいたら、彼は健康に育っていただろうか?
子供達が病弱だったのは頼朝と政子・・・どちらに原因があったのだろう?
もしくは両方か?もしや2人の相性が悪かったのではないだろうか?
posted by KANCHI at 09:14| Comment(0) | 頼朝の基礎知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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