2009年10月12日

源頼朝の謎の弟

源頼朝の弟と言えば一般的には「義経」を思い浮かべるが
ちょっと詳しい人なら「範頼」の名も答えられるだろう。
義経や範頼に関しては連載の中でも描いて来たが
頼朝には範頼との間に義門(よしかど)希義(まれよし)という弟がいたらしい。
この謎の弟の存在については殆ど何も知られていない。
この2人の弟は頼朝と母が同じだったという説があるが
頼朝の直ぐ下の義門にいたってははっきりとした記録は無く、
頼朝の幾つ年下だったのかも分らない。
頼朝の父が起こした平治の乱までは生きていた記録があるが
その後の記録が無く幼くして亡くなったと推測されている。
また その下の希義に関しても年齢差が3つか5つと曖昧で
頼朝が伊豆に流刑となったのと同時に
7歳か9歳の頃 土佐国(高知県)に流刑となりそこで育った。
頼朝の挙兵の際、平氏より謀反の疑いをかけられ亡くなったらしく
年齢は30歳ほどだったらしいが、その亡くなり方には諸説あり
詳しくは次回のブログでお話ししたい。
posted by KANCHI at 08:44| Comment(0) | 頼朝の兄弟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。