2010年04月29日

源頼朝をゲット!?

源頼朝の政子に対する思いにずっと長い間 疑問を抱いていた・・・。
北条政子が思うほど頼朝は政子を愛していなかったのではないか?
政子には悪いが同じ女として頼朝の態度に そう感じずにはいられない。
最もそう感じたのは やはり山木兼隆との事だった。
政子が山木兼隆に輿入れさせられ脱走したのが治承元年(1177)
頼朝が山木兼隆を討つ旗挙げをしたのが治承4年(1180)8月17日と
3年も後になって恋敵を討つ頼朝の気持ちがどうしても分らなかった。
恋仇が理由なら直ぐに戦うべきだろう?
しかし山木兼隆への輿入れ そのものが無かった事なら仕方ない。
山木兼隆が最初の敵として選ばれた理由には疑問が残るが
「3年後」の謎は解けた。

政子の周囲の男達は自分たちの野望の為に頼朝と政子を必死で結ばせようとしたが
政子の妹など周囲の女達は何をしていたのだろう?
「お姉さま・・・お気を付けあそばせ」と忠告する者は居なかったのだろうか?
むしろ既に二十歳を過ぎ行き送れていた姉に
早く片付いて欲しいと言う思いの方が強かったのだろうか?
政子本人はモテモテ頼朝をゲットするのに必死で
自分がどれだけ愛されているか?冷静に判断する事は出来なかったらしい。
気付くチャンスは何度もあったのに・・・そんな風に思えてならない。
政子に満足していたら頼朝はあんなに度々浮気を繰り返しただろうか?
それとも・・・頼朝がタイガーウッズと同じ病気だっただけだろうか?
posted by KANCHI at 09:37| Comment(0) | 頼朝の戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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