2010年05月10日

源頼朝の20年

源頼朝が流刑されたとされる伊豆の蛭ヶ小島は中伊豆にある。
静岡県 伊豆の国市(旧 田方郡韮山町) 四日町には
※ 2005年に大仁町 伊豆長岡町 韮山町が合併→伊豆の国市
遺跡記念碑や頼朝と政子の夫婦がある。
http://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/shakai/shizuoka_bunkazai/toubu_hirugakojiima.html
頼朝が流刑された頃 どんな風だったのか?
どんな住まいだったのか?想像するしかないが流刑生活20年だから
他のどこよりも頼朝ゆかりの地と言って良いのではないだろうか?
これまで描いて来た頼朝の生活はその殆どが中伊豆にある。
頼朝の運命を左右した北条氏の館も
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/nirayama-jyofukuji.htm
最初の敵となった山木兼隆の館も
http://joe.ifdef.jp/005shizuoka/008yamaki/yamaki.html
ツアー旅行では訪ねられない 頼朝ゆかりの地が中伊豆には満載である。
しかし頼朝はやがて旗挙げし・・・長く過ごした伊豆の地を離れ様としていた。
それは頼朝が望んでいた事なのか?
それとも運命がそうさせたのか?
頼朝にとって伊豆は なつかしく恋しい思い出の地だろうか?
辛くて苦しい過去の地だったのだろうか?

posted by KANCHI at 08:06| Comment(0) | 頼朝ゆかりの地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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