2010年05月17日

源頼朝の乳母事情

源頼朝ほどの血筋であれば乳母がいるのは当たり前である。
産みの母 由良御前は頼朝を産んだだけで、
おそらく生まれて直ぐに頼朝は乳母の元に引き渡され育てられた。
どうやら乳母(めのと)は数人いて 実際に乳を与える者の他に
教育を担当するのが主な役割だった。
つまり乳母チームが結成され そのリーダーを乳母と言った。
源頼朝の場合は比企尼(ひきのあま)である。
乳を与える必要がなくなっても乳母の屋敷で育てられる事が通常で
産みの母に会う事は殆ど無かったらしい。
後継ぎとして生まれた男子にとって「母」とは産みの母の事では無く
育ての母「乳母」の事を指すのである。

事実 頼朝が伊豆に流刑になってからの生活は経済的に比企尼が支えた。
多少は由良御前の実家 藤原季範からの援助もあったらしいが
その援助をお願いしたのも比企尼だった可能性がある。
現在の私たちにしてみれば「他人なのにどうしてそこまで?」と思いがちだが
乳母は実母よりも深い関係にあったのである。
特に頼朝の場合には 実母 由良御前が早くに亡くなっているので
実母との関係は薄くなり
乳母リーダー比企尼が頼朝の命の鍵を握っていた。
比企尼が支えたのは経済的なものだけでは無かったのである。
posted by KANCHI at 09:43| Comment(0) | 頼朝の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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