2010年08月02日

源頼朝との間に

源頼朝を愛した北条政子は 頼家を授かり そして産んだが
その我子を育てる事は出来なかった。
会う度に比企色に染まって行く頼家を見て嫉妬心もあっただろうが
何よりも気性の荒い頼家に心を痛めていたに違いない。
自分のもとで育てていれば・・・という思いが強くなっていただろう。
何とか自分に懐かせようとするが・・・そうすればする程
頼家の心は離れて行く様に感じられたに違いない。
かわいさ余って憎さ・・・では無いが愛情は複雑に形を変えてゆく。
悪いのは自分では無い。頼家であり比企である・・・
そう思いたかったのではないか?
頼家を北条方に付かせるために梶原景時を消し 比企一族を消したが
遂には頼家までも消す事になってしまう。
北条一族にとって それは権力の維持に必要な事であったが
北条政子 個人にとっては 母としての複雑な感情が絡んでいたであろう。
頼家を鎌倉から追放した時、もう結果は分っていたはずだ。
頼家の死後 政子は酷く落ち込み悲しみに暮れたが・・・
それは母が子を失った事への寂しさや悲しみでは無く
結局 母親として何もしてやれなかった事への後悔ではなかったか?
何故なら政子は頼家をずっと前から失っていたからである。
posted by KANCHI at 09:01| Comment(0) | 源頼朝の妻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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