2010年08月26日

源頼朝のエゴ

源頼朝は念願の征夷大将軍に就任して3年後の
建久6年(1195)2月 家族総出で上洛をする。
妻 政子は勿論。大姫、頼家、乙姫、実朝を連れていた。
幼い頃 自分が育った京都を子供たちに見せたかった・・・
征夷大将軍となった自分の偉大さを子供たちに見せたかった。
特に後鳥羽天皇への輿入れを予定している大姫には
都の華やかさや素晴らしさを見せたかった。

生まれつき体が弱かった大姫は初恋の人 源義高を失い
義高の殺害を命じた父 頼朝を怨み悲しみに暮れていた。
頼朝は「最高の幸せを娘に・・・」と言い訳したが
それは頼朝のエゴでしかない。
大姫はそれを望んでもいないし了解もしていなかった。
華やかな都にも興味を示さなかったのである。
しかし以外にも妹の乙姫は都を気に入っていた。
上洛の時には誰もその事に気付かなかったが
後に大姫が病に倒れ、大姫の代わりに乙姫を嫁がせる話しが持ち上がると
乙姫はあっさりと承諾したのである。
しかし その乙姫も間もなく病に倒れた。
それはまるで父 頼朝の後を追う様であった。

そうさせたのは本当に神様だったのだろうか?
posted by KANCHI at 09:22| Comment(0) | 源頼朝の家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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