2011年06月20日

源頼朝のやり方は源氏のやり方

源頼朝の直属の家来達は頼朝亡きあと次々と消えて行った。
その事は前にも詳しく書いたが・・・
彼らを鎌倉から追放したり滅亡へ追い込んだのは北条である。
消さなければ消される・・・それは正に頼朝のやり方であり。
源氏のやり方である。
その昔 平氏は源氏によって滅ぼされたが…
源氏は源氏によって滅んでいった。
北条は次々と共に戦って来た味方を滅ぼしながら・・・
最後に北条と三浦が残った。
三浦は追い詰められていただろう…。
消さなければ消される・・・からだ。
だからこそ「計画A」を思い切れたのだろう。

しかし計画が失敗に終わり、北条義時が生きていると分かった瞬間に
三浦は「計画B」を速やかに遂行、北条館に向かった。
北条の命令を受けるという形で実朝暗殺の犯人 公卿を斬る。
たとえ北条からの命令が無くとも三浦は公卿を斬ったであろう。
三浦が生き延びるにはその方法しか残されていないからである。
posted by KANCHI at 13:00| Comment(0) | 頼朝の家来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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