2011年06月30日

源頼朝ラベルチェンジ!?

源頼朝が将軍だった時から北条は執権だった。
北条義時の父 時政の事だ…。
源頼朝も実は、北条には頭が上がらない。
流刑人だった頼朝に加勢し、共に戦い・・・
若き日には命の恩人だった事もある。
そして妻 政子の父である。…頭が上がるはずがない。
「執権になる」と義父が言えば、
頼朝に「駄目です」と言う勇気は無かっただろう。
しかし自分の死後、鎌倉幕府がどうなるか?
北条がどうなるかを頼朝は考えていただろうか?
執権政治と呼ばれる時代が来る事を想像し得たであろうか?
・・・まさか北条が自分の家来達を次々と消し去り
鎌倉幕府の中心となろうとは・・・。
それとも 大体はお見通しで、そうなる事を喜び望んでいたのだろうか?
もしそうなら頼朝は 想像以上の切れ者だったと言うしかない。
鎌倉幕府の新ラベルは北条となったが100年もの長い間、新ラベルは続く。
しかし人々に親しまれ、恋しがられたのは頼朝ラベルの幕府だっただろう。
posted by KANCHI at 02:12| Comment(0) | 源頼朝の死後 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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