2011年07月07日

源頼朝も過ごした御所で

源頼朝も 頼家も実朝も将軍として時を過ごした事のある御所に
今は将軍はいない…。みな殺された様なものである。
その将軍よりも長く、ここで時を過ごして来た男がいる。
むしろ、この男の方が歴代の将軍達より御所を知り尽くし
ここに居るのにふさわしいかも知れない。

何故なら彼が、将軍よりも鎌倉幕府を動かして来たからだ。
その男とは、勿論 執権 北条義時の事である。
時の将軍 実朝が暗殺され、その報告を義時は
三浦義村から受けている・・・そんな不思議な光景が繰り広げられている。
何故なら・・・暗殺計画はおそらく、この報告者本人によるものだからだ。
そして、計画通りなら、報告される相手が違っていたからだ。

どんな思いで三浦義村は、死んでいるはずの義時に、
いや、殺しているはずの義時に、事件の報告をしたのだろう?
そして義時もまた、どんな思いで自分を殺そうとした男から
その報告を聞いたのだろう?

決して本音は言わず、ただ淡々と噓だらけの事件報告がされていた。
そして義時は命令を下す。
現実には「殺せ」ではなく「捕えよ」と言ったのかも知れない。
いや、そう言えば三浦義村が困る事を知っていて、
あえて「殺せ」と言ったのかも知れない。
例え義時が「捕えよ」と言ったとしても義村は公卿を殺していただろう。
公卿を殺すしか他に三浦が生き残る方法はなかったからだ。
posted by KANCHI at 01:38| Comment(0) | 源頼朝の死後 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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