2011年09月26日

源頼朝の命

源頼朝が源氏の嫡男だという話しは、もう何度もしたが、
頼朝は熱田神宮の宮司、藤原季範の娘由良(ゆら)御前が産んだ事も
その由良御前が義朝の正室である事もご存じだろう。
つまり義経のほか2名、計3人の男の子を生んだ常盤(ときわ)御前は義朝の側室である。
ずっと不思議に感じている事がある・・・。
それは、平清盛の元に捕えられ連れて来られた常盤が
なぜ正室の産んだ頼朝の命乞いをしたのか?と言う事だ。
常盤にとって頼朝はむしろ居なくなれば良い存在だったのではないのか?
無条件で憎い存在ではなかったのか?
義朝亡き今となっては憎む意味さえ無かったのだろうか?
それとも頼朝の命が救われれば我子も救えると思ったからだろうか?
常盤も、頼朝のオーラにやられたのか?

違う目線で考えれば、それが常盤というイイ女の余裕だったのかも知れない。
正室より自分が義朝に愛されていたと言う自信がそうさせたか?
頼朝には憎しみよりもむしろ申し訳なさがあったのかも知れない。
もしくは生前の義朝が言い聞かせていたか・・・頼朝への想いを。
側室である事、そして義経たちが側室の子である事をわきまえ、
いつの日か頼朝の力になってくれる弟達になってくれる事を。
常盤は義朝の想いを知っていて、清盛の女になる事を選択したのかも知れない。
だとしたら、それはあまりにも皮肉な選択である。
しかし・・・そうして頼朝の命は救われた。


posted by KANCHI at 19:32| Comment(2) | 頼朝の家系図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
常盤御前が頼朝の命乞い…してましたっけ…?
今若、乙若、牛若の命乞いだけだと思ってました。
Posted by 鬼むちゃ at 2011年09月27日 21:31
鬼むちゃ様。^_^残念ながら事実の目撃者はありませんね。大河ドラマ「義経」(タッキ―)での話しです。いくつかの小説には頼朝が清盛との対面の場で常盤も同席している様に描かれてますね。沢山読み過ぎてどれだか覚えてませんが…ご了承ください。
Posted by KANCHI at 2011年09月27日 22:45
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