2011年12月19日

源頼朝の時代背景 その10

源頼朝の生涯に大きく関わりを持つ天皇と言えば
何と言っても「大天狗」と頼朝が呼んだ後白河だろう…
いよいよ今回はその重要人物の出番が来た。

鳥羽院にとっての本当の子供 体仁(なりひと)親王はたった3歳で即位したが
器量も性格も頭脳もとても良く、周囲からこよなく愛された。
しかし近衛天皇は身体が弱く病との縁が切れなかった。
そして眼を患った事が原因で17歳の若さで亡くなったのである。
近衛天皇が即位した時、無理やり退位させられた崇徳院は
我子 重仁(しげひと)親王に次の皇位が与えられると期待したが
鳥羽院がそれを許すはずもない。
近衛の後はいよいよ77代後白河天皇の登場だ。
鳥羽院の第4皇子、母は崇徳院と同じ璋子(しょうし)異父兄弟である。
もうドロドロもここまで来ると理解し辛いレベルだ。
posted by KANCHI at 20:31| Comment(0) | 頼朝の裏ばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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