2012年04月30日

源頼朝 母を慰める?

源頼朝は男の子に成長していたがその子が母 由良を慰めていた・・・
「父上は酷う御座いまする いつも母上を1人にして!」と言って・・・。
新しい妻 常盤のもとに入り浸りで帰って来ない義朝を由良は、頼朝は、どう思っていただろう?
子供心に頼朝は、自分の母をないがしろにする父を思う時、同時に常盤の、
そして常盤が産む、腹違いの弟の事を思わずにはいられなかっただろう?
父にとってどちらの子が可愛いのか?と。
ところで・・・
母の事を思う幼い頼朝の優しさにキュンとさせられた方も多かったかも知れないが
ここからやや残念な事を書く・・・私の知る限り、由良は頼朝を育てていない・・・
藤原季範の娘である由良は総子内親王に仕えていたし家柄も位も安定している。
この時代は例え夫の身分が低くても妻の家柄が優先され、正室が産んだ子である頼朝には乳母が付く。
由良は産むのが務めで、あとは乳母が乳を飲ませ、育て、教育する。
http://yoritomo.seesaa.net/article/150150272.html
またドラマの冒頭で仁平(ニンビョウ)3年(1153)と頼朝が語りで言っていたので
頼朝はこの年、6歳(数えで7つ)という設定になる。
このドラマに登場するかどうかは分からないが、頼朝にも4〜6つ違いの同腹の弟が生まれているはずだ。
少なくとも1人は・・・のちの希義(まれよし)である。
http://yoritomo.seesaa.net/article/130078492.html
http://yoritomo.seesaa.net/article/130305202.html
http://yoritomo.seesaa.net/article/130638191.html
つまり・・・ドラマで見た様な、母 由良を頼朝が慰めるシーンは有り得なかっただろうと言う事だ。

ところで頼朝の父 義朝が為義と決別となった・・・。
源氏と平氏の最も大きな違いは、一族の団結の違いだったと思わずにはいられない。
posted by KANCHI at 13:09| Comment(0) | 頼朝の家系図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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