2012年08月03日

源頼朝に主役交代?

源頼朝(岡田将生)の登場までもう数日の我慢となった。
せっかくの平清盛 第二部の締め括りだったが、ここではやはりドラマの矛盾に
いつものツッコミを入れておく事にしよう。
今回の30回「平家納経」を見て、是までのドラマの矛盾が、
まさに明らかになった事にお気付きだろうか?
もう随分前の回からツッコミを入れて来たが、覚えていれば多くの方が妙に感じているはずだ。
ドラマの冒頭に讃岐に流された崇徳院が描かれていたが、歌を詠み村人と会話して
「ここに流されて良かった」「あれは無益な戦だった」と言った
そして心入れ替えた様に写経し後白河に思いを伝えたが、送り返され・・・
それと同時に崇徳の息子 重仁が亡くなったという知らせを受けて怒り狂ったのだと?
そもそも あの歌を聞いて崇徳が心入れ替えた様には微塵も感じられなかったのは私だけか?
浜千鳥 跡は都へ かよへども 身は松山に音をのみぞなく
千鳥の足跡ならぬ筆の書き跡は都へ通うけれども
我が身は松山で千鳥の様に ただ むせび泣いてばかりいる のだそうだ・・・
手紙はいっぱい書いたけど、望みは叶えられず 泣いてるよ。という意味だろう?
つまり崇徳は自分は讃岐に流刑となり諦めるけど、息子の重仁には まだ期待をしてるよ。
何とかしてよ。と言っている訳で・・・少しも反省などしてないのでは?

今回の見せ場は平氏を恨み鬼の形相になった崇徳の姿と
その崇徳の怨霊を恐れて一族を挙げ厳島神社に納経をする平氏の苦悩だと言う事は
誰が見ても明らかだが・・・
このドラマの中で、是まで清盛は随分、崇徳に親切に接して来たのを覚えているだろうか?
鳥羽院との仲直りをススメたのも清盛だったし・・・しかし鳥羽院の危篤に駆け付けた崇徳に
「遅すぎました」と言いきったのも清盛だ。
そんなに親切な清盛を鬼の形相に成ってまで何故 崇徳は呪ったのか?
親切にしてあげた崇徳になぜ清盛はそこまで呪われ、
その鎮魂のために私財を投じて納経する必要を感じたのか?

つまり清盛は崇徳に親切にした事はないのだろう?
そもそも何のために崇徳に親切にする必要がある?
私が思う崇徳は唯々 野望を持ち続ける 諦めの悪い天皇であり、
清盛は平氏が伸し上がる為に崇徳を無視し続け、天皇としての扱いをした事は無いのだと思う。
だから崇徳は平氏を恨み呪ったし、清盛はその自覚があるからこそ呪いを恐れたのだと思う。
このドラマが第二部の最後に描きたかったのはナニ?
反省したのに願いが叶えられず可哀想な崇徳?
それとも清盛を逆恨みする手の付け様の無い崇徳?
親切で心優しいのに恨まれちゃった清盛?崇徳の呪いなんて気にせず、
ただ皆の幸せのために納経したお利口さんな清盛?
・・・NHKさん、スタッフさん、演出家さん・・・
みんなを良い子ちゃんに描こうとするのは無理だと思います。
清盛がどんな人だったか、そのイメージが掴めなくて頭が混乱しています。
ドラマは第三部に突入しようとしている。
どうか私の愛する頼朝だけは矛盾だらけに描かないで欲しい。
posted by KANCHI at 01:15| Comment(0) | 頼朝≠岡田将生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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