2013年04月05日

源頼朝の兄弟 長男「義平」その3

とにかく・・・源頼朝の兄 義平は戦上手の頼れる存在で「平治の乱」でも父と共に戦った。
想像する限り、父 義朝にとっても義平は時に、手に負えない息子だったかも知れない。
当時はまだ、長男だから家督を継ぐ、という習慣はなく
嫡子はその子を産んだ母親の家柄や身分によって選ばれる事が殆どだった。
遊女が母の義平はそう言う意味では不利だったと言うしかない。
義平にとって頼朝は、本当に可愛い弟だっただろうか?もしくは邪魔な存在だったのではないか?
 そんな状況の中で頼朝は一行とはぐれてしまい、父 義朝は2人の息子と青墓に到着した。
おそらく源氏の棟梁 義朝は息子達にこう言っただろう・・・
「この先は皆 別々に行動を行う。
 僅かな人数でも共に行動すれば怪しまれるし、敵に囲まれれば全滅してしまう。
 それぞれが違う地方へ向かい、各地の源氏を集め 何れ集結しよう。
 今や源氏再興の為には、その方法しか無い。
 長男 義平は美濃・北陸・信濃(長野県)へ、
次男 朝長は信濃(長野県)甲斐(山梨県)へ向かえ。
 我は尾張・三河(愛知県)から相模(神奈川県)へ向かい関東武士を集めよう!」
ってな感じではなかっただろうか?


posted by KANCHI at 13:32| Comment(0) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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