2013年04月12日

源頼朝の兄弟 次男「朝長」

そして翌日2人の息子は美濃 青墓の宿を出発した。
義朝は2人の出発を見送り、自分も海周りで三河へ向かう準備を整えていた。
ところが・・・次男 朝長が青墓の宿に引き返して来て
 「平治の乱で負った矢傷が痛くて歩けないので もうしばらく休ませて欲しい」と告げる。
父 義朝は、我子の余りの不甲斐無さに怒り、刀を向けた。
源氏の大事な時に 源氏の御曹司であるこの子は 敵に向かって勇敢に戦う事は出来ないだろう。
もしも敵に囲まれ最早是迄となった時にも、自ら腹を斬る事すら出来ず敵に命乞いをし、
惨めな死に方をするであろう。それは源氏の恥となる。・・・・ならば」
という思いがあったに違いない。
 しかしそれを妾 延寿が止めた
「ようやく逃げ延びた大切な我子を我手に懸けるなどお止め下さい。」
 と延寿の言葉に義朝は一旦 刀を納めた。
休む様に案内された部屋で朝長はひとり、父 義朝を待つ、そして死を覚悟した。
posted by KANCHI at 14:56| Comment(0) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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