2014年06月13日

源頼朝の選択 その5

源頼朝が流刑人として伊豆の蛭ヶ小島に来てから
毎日を読経で過ごした事は前にも書いたが
もう1つ頼朝が欠かさなかったのが神社への参拝である。
しかしこの2つは似ている様である意味 正反対の行動ではないか?
経を読むのは亡くなった父や兄の供養のため・・・
命を取られて当然だったはずの頼朝が流刑と決まった際、
大人しくお利口さんに過ごす様に諭されてした行動である。
だが三島大社や伊豆山権現への参拝は何のためだろう?
傍から見ればそれは読経と同じ「神信心」にも見えるが
頼朝の心には「源氏再興」を願う気持ちがあったのではないか?
読経する頼朝と神社に参拝する頼朝は
微妙に時期が違う様に思えてならない。

特に中伊豆の蛭ヶ小島に住む頼朝が東伊豆の伊豆山権現に通うには
険しい峠を越えなければならない事を思うと
頼朝が大人に成長してからの事だと想像が出来る。
それは頼朝が20歳を過ぎた頃だっただろう・・・
そしてその真の目的は「女に会うため」だっただろう。
相手は勿論 伊東祐親の娘 八重姫である。
それを知っていたのは八重姫の兄 伊東祐清だけだったのではないか?
しかし真実は公には出来ない。
表向きには「神信心」の為に頼朝は伊豆山権現に通っていた。
posted by KANCHI at 21:04| Comment(0) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。