2014年06月27日

源頼朝の選択 その7

前にも話したが頼朝の流刑生活に関しては記録が無い。
読経に明け暮れていたのが何時頃までで
神社参拝を口実に出歩く様になったのが何時頃で
八重姫との交際が幾つの時だったのかも明らかではない。
頼朝と北条政子が最初に出会った場所が
伊豆山権現の逢初(あいぞめ)だという伝承を信じるなら
出会いのきっかけは この時ではないのか?
頼朝が八重に逢う為に伊豆山権現に通っている時・・・
政子はそれと知らず勝手に頼朝を見掛け、勝手に心ときめかせた事になる。
政子には残念なお知らせだが・・・「知らぬが仏」である。
しかし好きになってしまったものはしょうがない。
政子の知らぬ間に頼朝は八重との関係を結び、結婚の約束を交わし
そして千鶴丸が生まれた。
しかし 伊東祐親の平氏への忠誠心と恐怖によって全てはぶち壊された。
頼朝は今 悲しみに暮れながら北条時政の屋敷に暮らしている。
詳しい事情を知らぬまま政子は独り 心躍らせていた。
そんな妹に兄 宗時も真実は話せなかったのだろう。
posted by KANCHI at 20:10| Comment(0) | 頼朝ブログまとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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