2008年03月05日

源頼朝から貰った苗字

現在の千葉県 房総半島は昔、安房国・上総国・下総国の3つの国から成っていた。
安房国の「房」と上総・下総国の「総」を合わせて「房総」である。
特に頼朝一行が上陸した安房国は昔から稗(ヒエ)や粟(アワ)の産地だった事から
「アワ」の国と呼ばれたらしい。
その安房の国に変わった苗字の人が多く住んでいる。
「草加さん」と「馬鹿さん」である。

多くの不安を抱きながら上陸した頼朝一行を最初に迎えたのは地元の農民たちだった。
宿と食事を与えられ一行の不安は農民達によって和らいだのである。
その後 頼朝は下総の豪族 千葉常胤(ちばつねたね)に迎えられるが、
農民達の元を去る時、何れ源氏再興が叶ったら大きな褒美を取らせたいと言い
最も生活に必要な「アワを好きなだけ与えよう!」と言った。
ところが農民達は「アワ」や「ヒエ」なら畑にいくらでも出来るので
「苗字を頂きたい」と申し出たのである。
当時、貴族や豪族には「氏」があったが、
農民には「名」はあったが「氏」は無かった為「苗字」を望んだのである。
現在の私たちには当たり前にある「氏」「名」は明治時代になって付けられたもので
それまでは多くの人に「名」はあったが「氏」は無かったのである。

豪族の子として生まれた頼朝には生まれた時から「源」という「氏」があった。
そんなものが何故 欲しいのかが 分からなかったのである。
そこで頼朝はつぶやいた「そうか・・・バカだなぁ〜」と・・・
それを聞いた農民達は頼朝様から「苗字」が頂けたと大変喜んだらしい。
頼朝が思わずつぶやいた 「そうか・・・バカだなぁ〜」
「草加」 「馬鹿」 という苗字だと思ったそうだ。
今でも「草加」さんと「馬鹿」さんは先祖代々この「氏」を大切にしている。
何しろ頼朝から与えられた自慢の「苗字」である。
ただし・・・子供の頃は 「お馬鹿さん」 「バーカさん」 と呼ばれてチョット傷つくらしい。
頼朝 上陸の地だからこそ残る証拠の「苗字」である。

続きは次回。

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posted by KANCHI at 23:30| Comment(0) | 頼朝ゆかりの地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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