2012年12月28日

源頼朝の師走

源頼朝も年末は多望で・・・
posted by KANCHI at 23:16| Comment(0) | 頼朝≠岡田将生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月20日

源頼朝の悲恋

源頼朝(岡田将生)の初恋は現在の世なら良くある「できちゃった婚」で済まされたかも知れないが
都に赴任し、グングンと出世して行く平清盛を目の当たりにした伊東祐親は
すっかり清盛にビビリ、頼朝の義父に成る事を選択しなかった。
選択しなかったと言うよりは、選択の余地が無かったと言う方が正しい。
自分の孫を自らの手で川に沈め殺すのだから、如何に祐親が清盛を恐れていたかが分かる。
史実とドラマでは諸々の違いはあるが、
主役ではない頼朝の場面には時間制限の問題もあるので最短で頼朝が経験した悲しみと
清盛に対する感情を視聴者に伝えるためには仕方なかったと思う事にしよう。
しかしブログでは少しでも史実に近づいておきたいので 今日もツッコんでおこう。

ドラマの中で頼朝の義父に成り得た伊東祐親と
いずれ義父となる北条時政が同じ現場に居合わせ
それはまるで アカの他人の様に描かれていたが、
伊東祐親は北条時政の義父なのをご存じだろうか?
ここで史実で分かっている限りの伊東祐親の子供達をご紹介しておこう。
先ず上に3人の娘が居る・・・順番は分からないが3人はそれぞれ
三浦義澄、北条時政、工藤祐経に嫁いでおり
長女が北条時政に嫁いだと以前、何かの史料で見た事があるが明らかではない。
その3人の姉の下に長男 祐泰(すけやす)次男 祐清すけきよ)と続き四女 八重姫となるはずだ。
北条時政が19歳の時、この妻(伊東祐親の長女)との間に娘 政子が生れている。
政子には兄 宗時と弟 義時が居るが、同腹の兄弟である。
つまりこの時既に北条時政は伊東祐親の娘婿であるはずで、
無関係な様子で描かれているのが不自然である。
それに八重姫が産んだ千鶴丸は3歳で殺されている、
殺したのは伊東祐親の命令ではあるが本人ではないし
沈められたのは伊東市を流れる松川の上流となっており
頼朝の住む蛭ヶ小島は川の流れが反対だ・・・。
ツッコミ出したら限がないが、頼朝の悲しみだけはドラマで充分に伝わったと思うので
今日のところは この辺りで勘弁しておこう。(笑)
posted by KANCHI at 14:15| Comment(5) | 頼朝≠岡田将生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月03日

源頼朝に主役交代?

源頼朝(岡田将生)の登場までもう数日の我慢となった。
せっかくの平清盛 第二部の締め括りだったが、ここではやはりドラマの矛盾に
いつものツッコミを入れておく事にしよう。
今回の30回「平家納経」を見て、是までのドラマの矛盾が、
まさに明らかになった事にお気付きだろうか?
もう随分前の回からツッコミを入れて来たが、覚えていれば多くの方が妙に感じているはずだ。
ドラマの冒頭に讃岐に流された崇徳院が描かれていたが、歌を詠み村人と会話して
「ここに流されて良かった」「あれは無益な戦だった」と言った
そして心入れ替えた様に写経し後白河に思いを伝えたが、送り返され・・・
それと同時に崇徳の息子 重仁が亡くなったという知らせを受けて怒り狂ったのだと?
そもそも あの歌を聞いて崇徳が心入れ替えた様には微塵も感じられなかったのは私だけか?
浜千鳥 跡は都へ かよへども 身は松山に音をのみぞなく
千鳥の足跡ならぬ筆の書き跡は都へ通うけれども
我が身は松山で千鳥の様に ただ むせび泣いてばかりいる のだそうだ・・・
手紙はいっぱい書いたけど、望みは叶えられず 泣いてるよ。という意味だろう?
つまり崇徳は自分は讃岐に流刑となり諦めるけど、息子の重仁には まだ期待をしてるよ。
何とかしてよ。と言っている訳で・・・少しも反省などしてないのでは?

今回の見せ場は平氏を恨み鬼の形相になった崇徳の姿と
その崇徳の怨霊を恐れて一族を挙げ厳島神社に納経をする平氏の苦悩だと言う事は
誰が見ても明らかだが・・・
このドラマの中で、是まで清盛は随分、崇徳に親切に接して来たのを覚えているだろうか?
鳥羽院との仲直りをススメたのも清盛だったし・・・しかし鳥羽院の危篤に駆け付けた崇徳に
「遅すぎました」と言いきったのも清盛だ。
そんなに親切な清盛を鬼の形相に成ってまで何故 崇徳は呪ったのか?
親切にしてあげた崇徳になぜ清盛はそこまで呪われ、
その鎮魂のために私財を投じて納経する必要を感じたのか?

つまり清盛は崇徳に親切にした事はないのだろう?
そもそも何のために崇徳に親切にする必要がある?
私が思う崇徳は唯々 野望を持ち続ける 諦めの悪い天皇であり、
清盛は平氏が伸し上がる為に崇徳を無視し続け、天皇としての扱いをした事は無いのだと思う。
だから崇徳は平氏を恨み呪ったし、清盛はその自覚があるからこそ呪いを恐れたのだと思う。
このドラマが第二部の最後に描きたかったのはナニ?
反省したのに願いが叶えられず可哀想な崇徳?
それとも清盛を逆恨みする手の付け様の無い崇徳?
親切で心優しいのに恨まれちゃった清盛?崇徳の呪いなんて気にせず、
ただ皆の幸せのために納経したお利口さんな清盛?
・・・NHKさん、スタッフさん、演出家さん・・・
みんなを良い子ちゃんに描こうとするのは無理だと思います。
清盛がどんな人だったか、そのイメージが掴めなくて頭が混乱しています。
ドラマは第三部に突入しようとしている。
どうか私の愛する頼朝だけは矛盾だらけに描かないで欲しい。
posted by KANCHI at 01:15| Comment(0) | 頼朝≠岡田将生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月23日

源頼朝の成長

源頼朝が赤ちゃんから男の子に成長していた今回・・・
いずれにしてもその子役の可愛らしさに満足しているが
この先の成長と更に先の頼朝(岡田将生)の姿が増々楽しみになって来た。

久安6年(1150)9月29日、頼朝にとっても残念な祖父 源為義が
遂に摂政 藤原忠道の屋敷を襲い朱器台盤(しゅきだいばん)を盗んだ。
摂関家の長 藤原忠実の命令に従ったに過ぎないが、
とうとう忠実&頼長(弟)対 忠道(兄)の権力争いに 都合よく利用された訳だ。
更に屋敷の前を下馬せず通った藤原家成の家人に腹を立てた藤原頼長の命令で
藤原家成の屋敷を襲う・・・忠道と手を組む美福門院 得子の策略にまんまと乗せられた。
頼朝にとっても残念な祖父だが、頼朝が直接祖父を見て判断した訳ではない。
それはあくまでも頼朝の父 義朝がそう感じていたからだろう。
誰にとっても我親は尊敬できる存在であって欲しい・・・しかし義朝にとって為義は
そうではなかった様である・・・残念な父に悩む義朝を頼朝は見て、感じて育ったのだろう。
その義朝の心を理解し慰める常盤・・・とうい設定になっていたが
理解しなくても、慰めなくても、抱きしめてしまっただろうと思うほど美しかった。
ドラマの中で描かれていた義朝が父 為義を恋しがっている様子だが・・・
現実はどの程度だっただろう?
世の中には居ない方が良いと思える親も居るが、
義朝にとって為義は それに近い存在だったのではなかろうか?と思う事もある。
しかしこの先に起こる父子のエピソードを劇的に描くには
義朝が為義を恋しがっていたと思わせて置く必要があるのだろう・・・。
posted by KANCHI at 14:37| Comment(0) | 頼朝≠岡田将生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月09日

源頼朝の凛々しい顔立ち

源頼朝を俳優 岡田将生が演じるからには、
それなりに赤ん坊 鬼武者も凛々しい顔立ちの子を起用しなければならない。と
頼朝の祖父 源為義が頼朝をあやすシーンでそう思った。
現実の頼朝がどれ程 凛々しかったかは この際さておいて
今回のドラマの見どころとして、頼朝の子役、また頼朝と似ているとされた平家盛役は
頼朝をこよなく愛する者としては注目しているのは当然の事である。
今回 14回「家盛決起!」では当時の嫡男事情が描かれていたが
優先されたのは長男次男、つまり先に生まれたかどうかではない。
この時代の優先は誰の腹から生まれたか?である。
腹どころか、種まで違う清盛を差し置いて、
忠盛は我子 家盛を跡継ぎにする事は出来なかっただろう
それはドラマの中で描かれている様なキレイ事ではなく
忠盛が平家の繁栄の為に白河院の子を引取った時に既に決まっていた事に違いない。

ドラマでは母の想いを知った家盛が跡継ぎになりたいと望み、
その後 内大臣 藤原頼長に付け込まれる様子が描かれていたが
現実は違ったであろうと私は思っている。
平家一門の結束は想像以上に強かったのではないか?
しかしそれでは藤原摂関家の栄華を取り戻そうと企む藤原一族にとっては都合が悪い。
清盛を蹴落とすため、そして平家の結束を乱すだめに
藤原頼長の方から家盛に近づき利用するためにそそのかしたのだろう。
・・・利用しようとした家盛は若くして亡くなり、藤原摂関家の企みは失敗に終わるが
その企みによって平家一門は揺れる。
次回15回「嵐の中の一門」はその揺れる様子が描かれるのだろう。
posted by KANCHI at 13:52| Comment(0) | 頼朝≠岡田将生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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