2012年04月02日

源頼朝が語る分裂の素

源頼朝が前回 誕生してからと言うもの…頼朝の登場が今か今かと待ち遠しく思え
また同時に、勝手な思い込みかも知れないが、頼朝(岡田将生)の語りが増えている気がして
単純に喜んでいる今日この頃ではあるが・・・
さて今回は不良少年?青年? 平清盛を象徴する有名は話し・・・
神輿(しんよ)に矢を射掛けた話しだった訳だが…若き日の不良ぶりがイイ感じに伝えられた清盛。
しかしそれは平氏という大きな力に守られているから出来た無茶だと、私は前々から思っていたし
今回のドラマを見てもその印象に変化は無かった。
ただ、検非違使庁に居る父子のもとに鳥羽院が訪れて清盛を許した時の
一瞬ニヤリとした忠盛の表情に惹かれましたね。
頼朝(岡田将生)が「清盛一党の起こした騒動をきっかけに次第に世は二つの勢力に別れて行く事になる」と語り
この神輿の事件をきっかけに朝廷内に分裂が生れたかの様に受け取れたが…
分裂はそのずっと前からあったのだろう。
むしろ事件は隠れていた分裂を表に示すきっかけに過ぎないのではないか?
元は白河派と鳥羽派の分裂に始まるが…天皇を取り巻く周囲の人間達の微妙な心理状態が
もう少し解りやすく描かれていたら良かったのになぁと感じた次第。
まだ、この先に源氏が絡んで来るので、そこで明らかになるかも知れないが
私が作者、或いは演出家なら、朝廷内のゴタゴタ分裂状況をはっきりと描いて、
その後、それに清盛や義朝などの武士が、それに巻き込まれて行く…と言う様に描きたいと感じた。
作者は、清盛こそが朝廷にも世の中にも影響を及ぼしたのだ、と描きたかったのだろう。
現在の私達はこの先に保元の乱が起きる事を知っているので誰が誰と組めば得をするのかが分かるが、この時点ではまだ誰も戦の準備はしていない。
清盛を味方に付けておけば安心だから…と思う者もいなければ、
清盛をかばって、そのために戦をわざわざ引き起こす者もいないはずだ。
だから、分裂が先に起き、止むを得ず戦になって、武士は利用されたに過ぎないと思う。
清盛が天下を治めたのは、時の運で、結果に過ぎないだろう。
posted by KANCHI at 10:26| Comment(0) | 頼朝≠岡田将生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月15日

源頼朝2行程語る

源頼朝(岡田将生)の事を書いているブログなので
毎回ドラマを見る度に源氏に関する話題を必死で聞き逃すまいとするが、
今回の放送で源氏に関するシーンを見逃さなかった人は果たしているだろうか?

何しろ今回は佐藤義清が主役の回だったから仕方ないと言えばそれまでだ。
得子の産んだ躰仁(なりひと)親王 体仁(なりひと)と書く場合もある が
関白 藤原忠道の娘 聖子(きよこ)の養子と成った。つまり聖子は崇徳の妻だから
崇徳の子となり、生後3ヶ月で次の天皇になる事が約束された訳だ…。
唯でさえ嫌いな女 待賢門院 璋子の産んだ子 崇徳の その養子に自分の子をした訳だから
つくづく美福門院 得子は頼もしい。目的のためなら手段を択ばない。

のちの後白河天皇 松田翔太 扮する雅仁(まさひと)親王の元服の様子も
美福門院 得子と雅仁親王の絡みも…変わり者の奮闘ぶりにワクワクしてしまい
源氏関連のシーンが薄れてしまう。
語り、源頼朝(岡田将生)はこう言った・・・
「一方、我 祖父 為義も京において検非違使としてそれなりに働いていたと察する。」
と祖父に対しては相変わらず冷やかに。続けて・・・
「また東国では土地の境界を巡る争いがあちこちで起きていて
わが父 義朝は その一方に加勢する事で次第に武名を高め家臣を増やして行った。」
とやや誇らしげに語ったのみだ。
先週は相模の三浦一族と出会ったが、今週は上総常澄(かずさつねずみ)と出会った様だ。
次回も頼朝が源氏について語るシーンはあるだろうか?やや不安だ。
posted by KANCHI at 01:45| Comment(0) | 頼朝≠岡田将生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

源頼朝の祖父「為義」

源頼朝もこの時代 源氏が王家から見縊られていた事は認めているが
大河ドラマ「平清盛」初回の放送の中で頼朝が、こう言ったのを覚えているだろうか?
白河院の子を宿した白拍子 舞子を探せと命ぜられた事を平忠盛に愚痴る源為義のシーンで
「この男、源為義は私の祖父にあたる」
「見縊られていたのは源氏一族ではなくこの為義だったのではないかと私は思っている」と。
白河院から鳥羽院へ時代が変わっても相変わらず源氏は疎んじられ存外な扱いを受ける。
頼朝の言う「この男」は
「あ奴が院の昇殿を許されているのは白河院の子を引き取ってまで媚びたからだ」と
負け惜しみを言い…
多くの視聴者にひんしゅくを買うが、これはあくまで、平清盛側から描いたドラマだからである。
頼朝を愛してやまない私も頼朝本人や父 義朝までの人物像は何となく浮かんでくるが、
流石に祖父 為義までは良くは知らない。
イケメン岡田頼朝が自分の身内を「あの男」と下げすんで呼ぶものだから、
鵜呑みにしたい気持ちも分からなくはないが、もっと多方面からの為義を知ってからでなければ
為義のキャラを決めつける訳には行かない。
本物の頼朝は祖父 為義をどう評価していたのだろうか?
もし本人の口から見解を聞けるのならば、頼朝の人間観察力を尊重し鵜呑みにしたい。
posted by KANCHI at 01:47| Comment(0) | 頼朝≠岡田将生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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