2010年06月24日

源頼朝の妻「政子」の罪

源頼朝の弟 全成が頼家呪詛(じゅそ)の疑いを掛けられたのは
全成が実朝の乳母だったからで・・・
つまり妻の阿波局も同罪だったはずである。
しかし姉 北条政子の計らいがあったのか・・・処刑は全成のみで済んだ。
罪を揉み消してくれる姉が居てくれたお陰で阿波局は生き残った。
しかし全成の兄 頼朝は既にこの世に居なかったのである。
頼朝が一目置いた程の全成なのだから生きていたらどんな活躍をしたか?
頼朝を愛する者としてはとても残念である。
もしかすると頼朝よりも一枚も二枚も上手で・・・
歴史を大きく変えてくれていたかも知れない。
このブログも「全成 大好き!」になっていたかも!?
ただし全成の本心を永遠に知る事は出来ない。
頼朝にも分らなかったのではないだろうか?
北条政子は頼家に手を焼き、阿波局はその姉の思いを知っていた。
もしも頼家呪詛が真実だとしたら それは誰の為に行ったのか?
勿論 ふたりは実朝の乳母だが・・・
政子も承知の上だったのではないだろうか?
政子が揉み消したのは妹 阿波局の罪だけでなく
自分自身の罪だったかも知れない。
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2010年06月21日

源頼朝の弟と政子の妹

源頼朝には6人の弟が居たとされているが、
その中で最も頼朝の側に居て最も信頼をされていたのが全成だろう。
最も・・・と言うよりは「唯一」と言った方が正しいかも知れない。
一方 頼朝の妻 北条政子にも10人の妹が居たとされているが、
その中で最も歳が近く政子の側に居て信頼されていたのが阿波局だ。
大河ドラマ「草燃える」の中では保子(やすこ)の名で登場する。
兄と姉の計らいでふたりは夫婦となり夫婦揃って頼朝と政子に仕えた。
特に北条政子は鎌倉に生活を移して間もなく
妹たちを頼朝に使える有力な豪族たちに次々と嫁がせるが
年齢から言えば最も先に嫁ぐはずの保子を最後まで自分の側に置き
唯一 政略結婚では無い相手を保子に選んでいる。
それが頼朝の弟 全成である。
僧 全成の妻ならば戦に迷わされる事も無い。
ずっと自分の側に居て欲しいと言う政子の気持ちが伝わってくる。
つまり頼朝も全成をずっと自分の側に置くつもりでいた事が分るのである。
そして現実にそうなった。
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2010年06月17日

源頼朝の弟「全成」の死

源頼朝の生前には大人しくしていた全成が動き出したのを見て
周囲の家来達は警戒したに違いない。
何しろ強か(したたか)で何を考えているのか読めない男だった。
それに頼朝の弟達の中で唯一の生き残りだ・・・
義経も範頼も弟でありながら頼朝の信頼を得る事は無く
疑いを掛けられ殺された・・・そんな状況の中で生き残り
頼朝の信頼も厚い。
あの頼朝が一目おくのだから家来達も一目おかざるを得ないだろう。
頭を丸めていても、刀を振るう事が無くても
今やたった一人の頼朝の弟で源氏の嫡流である。
その上 頼朝の子 実朝の乳母父である。
そんな全成が頼朝亡き後 動き出したら警戒しない訳が無い。
だから彼は頼家呪詛の疑いを掛けられ処刑された。
呪詛が真実であったとしても 単なる疑いだけだったとしても
どちらの証拠もあるはずが無い。
結局 全成の死で誰が徳をしたのだろうか?
私にはそれが北条であった様に思えてならない。
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2010年06月14日

源頼朝の弟「全成」したたか

源頼朝の身内として全成は重役ポストに就いた。
血の繋がりの無い他の家来たちは全成をどう思っていただろう?
負け戦となった「石橋山の戦い」で頼朝の挙兵を知り
いち早く寺を抜け出して駆けつけたのだから
復活戦「富士川の戦い」の後でようやく駆けつけた義経よりは信頼度は高い・・・
頼朝も家来もそう感じていただろう。
想像するに かなり頭のきれる強かなタイプの人間だったのではないか?
どこか頼朝に似ている。
大河ドラマ「草燃える」の中では頼朝より遥かに強かで黙って頼朝に従い
出しゃばりもしないし、目だった活躍も無い。
全成がクローズアップされるのは頼朝の死後の事で
妻 阿波局が実朝の乳母であった事から
頼家の乳母 比企との間に摩擦が起こった。
頼家の死を願い全成が呪詛(じゅそ)したと疑われ処刑された。
その事から全成は悪僧として名を残す事となる。
全成は本当に悪人だったのか?・・・・
そもそも頼朝の生前に全成は どんな思いで実朝の乳母を申し出たのか?
兄 頼朝のためだと思ったのか?将来の自分の為だったのか?
どちらにしても全成の強か(したたか)さが見えてくる。
posted by KANCHI at 09:12| Comment(0) | 頼朝の兄弟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月10日

源頼朝の弟「全成」

源頼朝の話しを人にする時、私は頼朝の父 義朝と兄弟の話しから始める。
このブログでも頼朝の兄弟たちの話しをよくするが
それは真の頼朝を知る上で欠かせないと思っているからだ。
しかしこれまで 余り詳しく触れた事のない弟 全成(ぜんせい)が
前回の話しで登場したので触れておきたい。
これまで私が読んできた本の中でも全成の存在は
さほどクローズアップされてはいない。
しかし大河ドラマ「草燃える」の中では全成(ぜんじょう)と呼ばれ
長く頼朝のそばに仕え重要な人物として描かれている。

全成は9人兄弟の7番目、義経と同じ常盤御前が産んだ3人の子の1人である。
義経が9番目の末っ子だから全成と義経の間にはもうひとりいる。
ちなみに頼朝は3番目だ。
頼朝の挙兵を知り 預けられていた醍醐寺を抜け出し頼朝のもとにやって来た。
正に義経と同じ立場で同じ状況で頼朝に会いに来たのである。
そして頼朝の側近く仕えあつい信頼を得ていた。
義経とは待遇が違い過ぎる・・・つまり頼朝は血縁の弟だからと
特別扱いもしなければ毛嫌いもしない。
冷静にそ人間性を見て判断し起用すべきは起用している。
問題があったのは頼朝では無く義経の方だった事が分る・・・
もしかすると全成も義経の事が嫌いだったかも知れない。
posted by KANCHI at 08:26| Comment(0) | 頼朝の兄弟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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