2012年11月16日

源頼朝の運命の女

源頼朝は北条政子などタイプではなかった。と私は確信している。
是迄にも何度かそのことについてブログでも触れて来た。
しかし結婚というものは、何よりもご縁が大切なので
頼朝と政子は運命の間柄だと認めざるを得ない。

頼朝が「来る者拒まず」だった事、頼朝への周囲の思いが
この運命を決定付けたと言えるだろう。
私の思い描く北条政子は、私もタイプではない。
しかし大河ドラマ「平清盛」の中で杏 演じる北条政子は好きだ。
つまり・・・ドラマの中のイメージで北条政子を捉えると、
実際の政子とは違うタイプだと言う事だ。
頼朝とは同志で、一番の理解者で・・・もしも政子がそんな女性だったなら
頼朝の浮気など寛大に受け止めただろうし、浮気などされなかったかも知れない。
しかし頼朝は浮気を繰り返した。浮気の度に政子が暴れ、頼朝は反省するが
その浮気癖は治らなかった。
頼朝は政子に感謝し、北条家が好きで、とても良い婿だったが
女として政子に満足していたとは思えない。
政子は頼朝に安らぎを与えたる事の出来ない女性だったと私は思っている。
posted by KANCHI at 23:36| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月09日

源頼朝がスケベな理由

源頼朝は私の知る限り女好きだ。
世の中の女性達は「女好き」という言葉にあまり良いイメージを持っていないだろう。
女好きとはつまりスケベだという事だ。
やはり世の中の多くの女性達には好まれない言葉かも知れない。
 実は私も20代の前半までは、どんな男性がタイプ?と尋ねられて
誠実で頭が良くて夢に向かって突き進む人でスケベじゃない人。とか答えていた。
しかし基本的にスケベじゃない男性を好きになった事は1度もない。
男が「女好き」で「スケベ」なのは極く普通の事で、
そうでなければ夢に向かって突き進む事も出来ない。
男は女にモテるために必死で働く生き物だ。
今の私は強く望む!岡田将生のような爽やかなイケメンも根っからスケベであって欲しいと。
そして世の中の女性に是非ともご理解頂きたい。
スケベにもいろいろある事を・・・その種類を見極めるのが女の力量だと。
こんなはずじゃ無かったと思った時は、見極められなかった自分を恥じよ。

源頼朝はスケ殿と呼ばれていた…スケベの代表のようで実に潔い。
と頼朝を弁護する様な話しをしてから、それは同時に
頼朝を愛する自分への弁護でもあるが・・・
私の思い描く源頼朝と北条政子について触れていこう。

頼朝は一説には尾張国 熱田で産まれたという説がある。
それは頼朝の母 由良が熱田神宮の宮司 藤原季範の娘である事、
そして頼朝の乳母の一人だったという人物の住まいが神宮のそばにあり
産湯の井戸だと伝わる史跡がある事が根拠になっている。
私もこれまでブログの中で頼朝ゆかりの地として紹介している。
http://yoritomo.seesaa.net/article/126875771.html
しかし頼朝は京都生まれの京都育ちだと実は私も思っている。
正妻の由良がずっと尾張に居たとも考え難いし、
由良がこの時代に実家に帰って出産したとも考え難い・・・
なぜなら新幹線も高速道路もない時代だからである。
京の都で育った頼朝には一夫多妻は当たり前の環境だ。
その上、ここからは私の想像と希望が多く含まれた表現だが
生まれながらにして品があり、女にモテた・・・周りの女が放っとかない。
今で言う天才子役の様な魅力があったに違いない。
その状況と環境が頼朝を「来るもの拒まず」に育て上げたのだろう。
池の禅尼だって・・・女ですから「この子カワイイ」と思ったんじゃないのか?
「殺しちゃうのは惜しいんじゃない?」と・・・
かなり年上の女性にも自分はモテる!という自信も付いちゃったかもね。
そのまま伊豆に流された・・・思春期の頼朝。
頼朝の流刑生活を経済的に支え続けた比企の尼も
やはり頼朝の可愛さにやられちゃってた一人だと想像出来る。
伊豆の流刑生活で出会った「餅売り婆さん」の話しも・・・
http://yoritomo.seesaa.net/article/132071923.html
言っておきますが伊豆に流させた時 頼朝はすでに13歳ですよ。
よちよち歩きの赤ちゃんじゃない!カワイイの意味がやや違うのではないか?
お経を読み、写経して神信心して暮らす約束はしたものの
他にする事もなく・・・おまけにモテちゃう。
仕方ない!仕方ない!これは頼朝が悪いんじゃない。
周りの女が放っとかないんだから・・・。
そんな男に北条政子が惚れちゃった。ただそれだけの事なんですよ。
浮気で苦労するのは当たり前。それぐらい覚悟の上で居てもらわないとぉ〜
と頼朝に惚れてる私は思う訳であります。
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2011年10月24日

源頼朝のタガの現実

源頼朝のタガを外したのは亀の前という女性だったという説がある。
頼朝の身の回りのお世話をしていた女性らしいが
彼女が頼朝のタガを外したかどうかは、
彼女がいつ頃から頼朝に仕えていたかが重要だろう…。
個人的には頼朝のタガは八重姫がはずした事にしておいて欲しいが、
どちらにしても確認のしようがないので深く考えない様にしている。
出来る事ならそのどちらかが私の前世であって欲しいものだ。
たとえ、その二人ではないにしても・・・こんなに頼朝を愛しているのだから
きっと前世で関わっているに違いない。
しかし、頼朝の魅力には男女関係なく魅せられているのだから
男だった可能性もある…

ところで、八重姫は父の目を盗むようにして頼朝と逢瀬を重ね
その結果頼朝の子を身ごもる。
既成事実は作ったものの父はそれを許す事は無かった。
生まれて来た子供が男の子だったために、生まれて間もなくその子は殺され
八重姫は全てを失った。
その後、頼朝が北条政子と結ばれると…
八重姫は川に身を投じ亡くなったと伝えられている。
我子が沈められた東伊豆の松川でなく中伊豆の狩野川だ…
我子よりも頼朝を思う八重姫の気持ちが痛いほど伝わってくる。
だから思う…せめてタガを外したのが彼女であった事にしてあげたい。
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2011年10月20日

源頼朝のタガ外れる

源頼朝自身が女癖が悪い事を知らなかった可能性もある。
何しろ伊豆に流されて来たのは13歳の時だ。
むしろこの歳で自分の女好きに気付いていたら怖い。
もともと頼朝は慎重な性格だから、そう易々、女性に手を出したとも考えにくい。
頼朝に女性を勧めるのは大変だったに違いない。
一体、どんなやり方で自分の妹を勧めたのか・・・?
兄の立場からでは、とても難しい様に思える。
こんな場合の男同士の会話を聞いた事はないが、
もしも友人同士の会話なら「あの子可愛いじゃん!やっちゃえやっちゃえ」って感じで
無責任に軽いノリで勧めればいいが、
紹介するのが自分の妹ならそんな訳にも行かないだろう。
かといって「妹を頼む、大切にしてくれ」ではなかなか手を出しにくい。
この辺りが実に微妙である。
伊東祐親(いとうすけちか)の次男 祐清(すけきよ)
自分の妹 八重姫を勧めた頃には 頼朝も成長している。
もう13歳の子供ではなかっただろう。
ちょっと強引なぐらいに勧めなければ頼朝を説得出来なかったのではないだろうか?

そして、頼朝のタガは見事に外されてしまった様である。
それには「反動」もあったのかも知れない。
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2011年10月17日

源頼朝に魅せられた妹たち

源頼朝の女癖が悪い事はあまりにも有名だが
世の男性諸君…あなたに妹がいたら、どんな男になら妹を紹介出来るだろうか?
おそらく、頼朝の様なタイプは間違っても選ばないだろう?
選ばないどころか、真っ先にそのリストから外すだろう…。
女同士でもそうだが、男同士なら尚更に癖の悪いのは目に付くものだ。
異性の癖の悪さは見えなくても同姓になら見えてしまう。

伊東祐親(いとうすけちか)の次男 祐清(すけきよ)
北条時政(ほうじょうときまさ)の長男 宗時(むねとき)
頼朝の癖の悪さは見えなかったのか?
それともまだこの頃の頼朝にはその兆候は無かったのか?
揃いも揃って自分の妹を紹介するなんて…どうかしてる。
それとも時代が、女は男のために犠牲になる事が当たり前だったのか?
しかし、例えどんな理由で頼朝と会ったとしても
結果として2人の妹はどちらも頼朝に惚れてしまった。
つまり・・・男から見ても女から見ても頼朝が魅力的だったという事である。
posted by KANCHI at 16:32| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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