2010年04月26日

源頼朝と北条政子の覚悟

源頼朝と北条政子が伊豆山権現に駆け込んだ事はどうやら事実らしい。
問題はその時 大姫が存在していたかどうか?である。
大姫が生まれた年が明らかではない為 微妙な問題だが
大姫を抱いた政子が峠を越える様子は想像したくない・・・
せめて大姫はまだ政子のおなかの中にいてほしい。
そして頼朝と政子には手に手をとって駆落ちしていて欲しいものである。
大河ドラマ「草燃える」では頼朝と政子は別々に伊豆山権現へ向かう。
頼朝は政子よりも先に伊豆山権現に待機していて
政子は伊東祐之に強奪され気絶したまま連れて来られる事になっている。
しかし伊東祐之はドラマの中だけの架空の人物である。
前から北条政子に思いを寄せ政子の弟 義時とは幼馴染で
政子の嫁入りを聞き 騙されて政子を強奪する・・・という設定である。
つまり・・・ありえない。
かなり無理があるし、頼朝の政子への愛情も
政子の頼朝に対する情熱も感じられず 残念な演出である。

政子が婚儀の日よりも早くに
無理やり輿入れさせられた山木兼隆の屋敷を抜け出し
頼朝のもとに逃れ 2人で手に手をとって駆落ち・・・が一番ドラマチックだが
山木兼隆への輿入れの話しが無かったとするなら
せめて・・・親の反対を押し切って2人には逃げてほしい。
頼朝には北条時政を敵に回す覚悟を・・・
政子には父を捨てる覚悟があって・・・駆落ちしたと信じたいものである。
posted by KANCHI at 09:33| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月22日

源頼朝と政子の事実

源頼朝と山木兼隆の関係が「恋敵」では無いとすると
これまで伝えられて来た頼朝の物語に大きな歪が生まれる。
政子の父 北条時政は娘と頼朝の関係を知り慌てて山木兼隆との縁談をすすめ
そして無理やり輿入れさせた・・・
だからこそ政子は山木の屋敷を抜け出し頼朝の元へ逃げた。
嵐の夜2人で熱海峠を越え伊豆山権現神社への駆落ちしたのではないのか?
政子は伊豆山から土肥実平の屋敷に移り大姫を産む・・・
孫可愛さに北条時政は2人を許し頼朝を婿と認めた。となっているが
大姫が既に生まれていたとなると・・・
何が真実でどこまでを信じればいいのか?
全てのストーリーが疑わしく出来事が前後する。

父 北条時政が大番役として赴任中に 頼朝と政子は結ばれていた。
都から伊豆に戻った時政は2人の関係を知り反対する。
しかし政子のおなかの中には既に大姫がいて・・・
2人は伊豆山権現に駆落ち・・・その後 土肥邸へ。という事か?
やがて山木兼隆が流刑人として伊豆にやって来た?
平氏だった彼はやがて中伊豆の判官となり
源氏旗挙げの最初のターゲットとなってしまう・・・?

元々 政子を無理やり押し付けられ、その上頼朝に政子を奪われ
随分 気の毒な人だとは思っていたが
頼朝の恋仇では無いとなると 尚一層 気の毒に思うのは私だけだろうか?

posted by KANCHI at 08:32| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月15日

源頼朝の過去

源頼朝が浮気するたびに妻 政子は激怒し
傍から見ても「やり過ぎだ」と思える程の仕返しをした。
大河ドラマ「草燃える」の中でも弟 義時に諭されながらも
再び頼朝の浮気が発覚すると また直ぐに激怒する政子の様子が描かれている。
そんな政子の性格からいって・・ずっと気になっている事がある。
それは前にも話したが
政子はいつ 頼朝と八重姫の事を知ったのか?と言う事である。
中伊豆に嵐が吹き荒れたに違いない・・・
政子は頼朝をどんなに責めただろうか?と思うと心配になる。
鎌倉幕府を開いた「御所(頼朝)様」のその「御代様」となってからでさえ
自分の立場も省みず夫の浮気に激怒した政子が
若き日に夫となる人の 前の相手との事を気にしないはずも無いし
頼朝は その責めを よく受け止められたものだと不思議に思っていた。
真実は明らかでは無いが大河ドラマ「草燃える」の中では
その事実を政子は父 時政から聞かされるシーンがあった。
兄 宗時に頼朝をすすめられ すっかりその気になっていた政子が
都から戻った父に山木兼隆との婚儀を告げられ反発する場面である。
政子は自分の心はもう頼朝1人だと言い切り
そんな政子を説得するために時政は八重姫の話しを持ち出し
頼朝がどんなに悪い奴かを言って聞かせるという内容だ。
ドラマの中での事ではあるが 少し納得してしまった。
八重姫との事は政子にとって衝撃的な頼朝の過去である。
兄 宗時や弟 義時・・・それに頼朝本人から聞いたのでは
ただ腹が立つだけだっただろう。
しかし頼朝との仲を反対する父から聞かされたら
政子は頼朝の味方に付くしか無い・・・。
思いは更に募り政子は父 時政に詰め寄った
「私が頼朝様の子を産んだら父も伊東祐親殿と同じ様に殺すのか?」と尋ねる
更に「頼朝さまと一緒になれないなら死んだ方が良い」と言い切った。
ドラマの中では心配していた嵐は起きなかったのである。
posted by KANCHI at 03:43| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月08日

源頼朝との仲

源頼朝が北条政子と結ばれた事は
政子の兄 宗時や源氏派の豪族たちにとっては喜ばしい事だった。
頼朝と政子が頻繁に会える様に 深い関係を築ける様に
周囲の者は その協力を惜しまなかったが
事実を公には出来なかった。
何よりも政子の父 北条時政に今は知られる訳にはいかない。
その北条時政は丁度その頃京の都に大番役として赴任中だったのである。
それは以前に頼朝が伊東祐親の娘 八重姫と結ばれたのとまるで同じ状況だった。
もう時期その北条時政が伊豆に帰ろうとしていた。

ちなみに大河ドラマ「草燃える」の中では
都から帰郷する北条時政が若くて新しい妻牧の方を連れて帰り
初めて娘達に会わせるシーンがある。
また北条時政は帰郷の折に
中伊豆の目代(代官)を務める山木兼隆(やまきかねたか)から
頼み込まれて政子の嫁入りを約束する事になっている。
私の認識では
京に赴任中の北条時政に頼朝と政子の交際を知らせたのは牧の方で
時政は京にいる時に既に政子と頼朝の事を知っていながら
事が公になる前に山木兼隆との縁談を決めた と思っている。
政子が親の言う事を素直に聞く様な娘で無い事は覚悟の上どちらに転んでも
「自分は知らなかった」という事にしようとしたのではないだろか?

牧の方は北条時政より先に伊豆にいた事になるし
政子の嫁入りは北条時政の方から言い出したに違いない。
posted by KANCHI at 09:12| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

源頼朝の立場

源頼朝は好みではなかった政子と結ばれた事になる。
もし貴方が頼朝の立場ならどうだろう?
また貴方が政子の立場ならどう思うだろう?
勿論個人差はあるが女性が思うよりずっと男性は恋愛に受身な場合が多い。
例えば最近流行の草食男子は恋をする事や女性との関係そのものが
面倒だと感じるらしい。
以前 SMAPの草gくんが好きな女性のタイプを聞かれ
「僕の事を好きになってくれる人」と答えたのを聞いて感じた・・・
相手を思い その思いを伝えたり、誰かと相手を取り合ったり、
ハラハラしたり悲しんだりするからこそ熱烈な恋愛が出来るはずなのに
最近の男性はそれを避けたがり平和な恋愛を望んでいる傾向にある。
女性としてそんな風に自分が選ばれたとしたらそれはどうなのだろう?
貴方は彼を真剣に愛せるだろうか?

源頼朝は恋愛上手であったらしい。
北条政子と結ばれた後も多くの女性にアプローチし
その度に政子の怒りをかったが止めるつもりも反省も無かった様だ。
もちろん時代背景も育った環境も大きく影響しているとは思うが
そんな恋愛に積極的だった頼朝でさえ
「今晩遊びに来ませんか?」の手紙に答え
布団に忍び込んできた女性を人違いだと知りながら受け入れた。
「せっかく来たんだし・・・まっいいか!」と開き直った訳である。
それは裏工作をした周囲への優しさでもあったと信じたい。
posted by KANCHI at 00:47| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。