2010年03月08日

源頼朝を巡る女の戦い

源頼朝と八重の事を政子が どの程度 知っていたのか?
何時頃どのような形で知ったか?はともかくとして
政子はすっかり頼朝に恋をしていた。
何時ぞや伊豆山権現で見掛けた人が今 我家の離れに暮らしている。
政子の気持ちは躍り 頼朝の居る離れのそばを
用もないのにウロウロして見せたのではないか?
何時もより化粧を念入りにしてお気に入りの着物を着て
「ここにこんなに良い女がいる」をアピールしたに違いない。
頼朝は そんな政子に気付いていただろうか?

ところで北条時政には政子の他にも娘が居た。
長女 政子を筆頭に異母姉妹 後に阿野全成の妻となる次女 保子(阿波局)、
稲毛重成の妻となる三女、平賀朝雅の妻となる四女、
三条実宣の妻となる五女、宇都宮頼綱の妻となる六女、
足利義兼の妻となる七女の時子、畠山重忠の妻となる八女、
坊門忠清の妻となる九女、河野通信の妻となる十女、
大岡時親の妻となる十一女と続く。
それぞれの年齢が定かでは無いので頼朝が北条時政の屋敷に居た頃
何女までが居たのかも明らかでは無いが
とにかく北条邸は頼朝にとってハーレム状態である。
個性ある綺麗どころ・・・熟女から若いのまで選び放題だった訳だ。
頼朝が八重姫と辛い別れをした直後で無かったら
さぞや楽しい生活だったに違いない。
政子ほど積極的ではなかっただけで もしかすると
政子以外の妹達の中にも頼朝を意識していた娘が居たかも知れない。
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2010年03月04日

源頼朝に恋して

源頼朝は恋をしていた。その恋の相手は八重姫である。
伊東祐親の娘と交際中である事など 世間に知られては大変な事になる。
だから表向きには伊豆山権現に参拝し・・・伊東にも足を伸ばしていたのだろう。
もしかすると八重の方も始めのうちは伊東を抜け出し頼朝に会うために
伊豆山権現に通っていたのではないか?
身内や近所の人に見付かるのを避ける目的で・・・。

前にも話したが頼朝の流刑生活に関しては記録が無い。
読経に明け暮れていたのが何時頃までで
神社参拝を口実に出歩く様になったのが何時頃で
八重姫との交際が幾つの時だったのかも明らかではない。
頼朝と北条政子が最初に出会った場所が
伊豆山権現の逢初(あいぞめ)だという伝承を信じるなら
出会いのきっかけは この時ではないのか?
頼朝が八重に逢う為に伊豆山権現に通っている時・・・
政子はそれと知らず勝手に頼朝を見掛け、勝手に心ときめかせた事になる。
政子には残念なお知らせだが・・・「知らぬが仏」である。
しかし好きになってしまったものはしょうがない。
政子の知らぬ間に頼朝は八重との関係を結び、結婚の約束を交わし
そして千鶴丸が生まれた。
しかし 伊東祐親の平氏への忠誠心と恐怖によって全てはぶち壊された。
頼朝は今 悲しみに暮れながら北条時政の屋敷に暮らしている。
詳しい事情を知らぬまま政子は独り 心躍らせていた。
そんな妹に兄 宗時も真実は話せなかったのだろう。

政子と頼朝は結局 結ばれるが生涯 政子は頼朝の浮気癖に悩まされる。
頼朝の浮気がばれる度に見せた政子の激怒ぶりと嫉妬の様子を思うと
若き日の政子が八重姫との事情を知っていたとはとても思えない。
となると・・・政子はいつ頼朝と八重との事を知ったのだろう?
その時も ひと荒れあったに違いない。
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2010年03月01日

源頼朝に片思い

源頼朝が流刑人として伊豆の蛭ヶ小島に来てから
毎日を読経で過ごした事は前にも書いたが
もう1つ頼朝が欠かさなかったのが神社への参拝である。
しかしこの2つは似ている様である意味 正反対の行動ではないか?
経を読むのは亡くなった父や兄の供養のため・・・
命を取られて当然だったはずの頼朝が流刑と決まった際、
大人しくお利口さんに過ごす様に諭されてした行動である。
だが三島大社や伊豆山権現への参拝は何のためだろう?
傍から見ればそれは読経と同じ「神信心」にも見えるが
頼朝の心には「源氏再興」を願う気持ちがあったのではないか?
読経する頼朝と神社に参拝する頼朝は
微妙に時期が違う様に思えてならない。

特に中伊豆の蛭ヶ小島に住む頼朝が東伊豆の伊豆山権現に通うには
険しい峠を越えなければならない事を思うと
頼朝が大人に成長してからの事だと想像が出来る。
それは頼朝が20歳を過ぎた頃だっただろう・・・
そしてその真の目的は「女に会うため」だっただろう。
相手は勿論 伊東祐親の娘 八重姫である。
それを知っていたのは八重姫の兄 伊東祐清だけだったのではないか?
しかし真実は公には出来ない。
表向きには「神信心」の為に頼朝は伊豆山権現に通っていた。

北条宗時も真実を知らず・・・頼朝と妹 政子を会わせるため
頼朝が伊豆山権現に通っている事を教えたのだろう。
伊豆山権現に行けば噂の頼朝に会えるかも知れない・・・。
そして政子は伊豆山権現に出掛け そこで頼朝を見掛けた。
一目で 兄から聞き及んでいた頼朝だと分り そして恋をしてしまった。
この時はまだ明らかに北条政子の「片思い」である。
posted by KANCHI at 10:23| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

源頼朝の事情

源頼朝が伊東祐親の娘 八重姫や息子 千鶴丸を失って
人生で最大に落ち込んでいるその時、
その頼朝を気に掛け秘かに恋する娘が居た。それが北条政子である。
政子はどの程度 頼朝と八重姫の事を知らされていたのだろうか?
もしかすると何も知らされていなかったかも知れない。

政子の兄 北条宗時はとことん流刑人 頼朝に惚れ込んでいた。
蛭ヶ小島の頼朝のもとに自ら足を運び 伊東祐清などと共に
新たな時代を模索していた。
伊東祐清が妹 八重を頼朝に紹介し2人が付き合っている事を知った時
宗時はある意味「嫉妬」したに違いない。
「自分にも妹がいる・・・頼朝が妹と結ばれれば
自分と頼朝の関係は深まるだろうに・・・祐清殿に先を越された」
そんな思いを抱いていたに違いない。
まさか「ウチの妹の方が良いですよ」とは言えるはずも無い。
宗時は嫉妬しながら一歩引き、動向を見守っていた。
宗時がいつ 八重と頼朝の事を知ったのかも定かでは無いが、
おそらく 土壇場まで知らなかったのではないか?
そして事態は 頼朝と八重姫にとっても 伊東祐清にとっても最悪となった。
北条時政を頼るしかなくなり、その時初めて宗時も
事実を知ったのかも知れない。
宗時自身が知らなかった事を妹 政子も知るはずが無い。
これまで散々 頼朝の事を政子に勧めて来た兄としては
事実を政子に話せなかったのではないかと想像してしまう。
既に政子は頼朝に恋をしていた。
posted by KANCHI at 10:13| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

源頼朝と伊東祐清の傍らで

源頼朝と伊東祐清との信頼関係をかねてから羨ましく思っていた男がいる。
それが北条時政の長男 宗時である。
宗時も伊東祐清と同じ様に新たな時代に目を向けていた。
平氏にぺこぺこ頭を下げ 遜る父の姿に反感を抱いていた。
そして頼朝の住む蛭ヶ小島に自ら足を運び
頼朝に可能性を感じ惚れ込んでいた。

頼朝の流刑された蛭ヶ小島が中伊豆である事から
むしろ最初に頼朝と知り その可能性を感じたのは
北条宗時の方が先では無かったか?
血筋的に考えれは 宗時の母は祐清の妹であるから
伊東祐清と北条宗時とは伯父と甥の関係となる。
年の若い伯父 祐清に頼朝と会う事を勧めたのも
北条時宗だと想像できるのである。

しかし祐清が一歩先に進んだ・・・
妹 八重を頼朝に逢わせ ふたりの仲を取り持ち
あわよくば「出来ちゃった結婚」に至る勢いだったのである。
しかし そうはならなかった。
読みが外れ頼朝は命を狙われる結果となった。

もしかしたら北条宗時は心のどこかで
この瞬間を待っていたのではないか?
「やばくなったら家に来れば良い・・・俺が何とかしてやる」
事前に そんな話しを頼朝にしていたのではないだろうか?
posted by KANCHI at 09:24| Comment(1) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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