2010年01月21日

源頼朝の向かった先

源頼朝が伊東祐親の差し向けた追手から逃れるために向かった場所は
山奥の洞窟でもなければ船に乗るための港でもない。
蛭ヶ小島から直ぐ、目と鼻の先にある北条時政の屋敷だった。

ここで少し確認して置かなくてはならないのは
伊東祐親と北条時政の立場である。
伊東祐親と北条時政は共に伊豆の豪族である。
伊東氏は伊豆の東を・・・北条氏は中伊豆を支配する。
どちらも平氏から厚い信頼を持たれ頼朝が流刑された時も
その監視役として選ばれた。
そしてもう1つ確認したい事は 伊東祐親と北条時政の関係である。
伊東祐親には沢山の娘や息子がいるが長女が北条時政に嫁いでいる。
そして2人の間に政子が生まれている。
しかし間もなく政子の母は亡くなった・・・
つまり伊東祐親にとって北条時政は元娘婿。
北条時政にとって伊東祐親は元義父である。
そして北条政子は伊東祐親の孫である。

頼朝は何故 北条時政に助けを求めたのか?
その真相を是非知りたい。
posted by KANCHI at 10:55| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月18日

源頼朝の不安的中

源頼朝に「俺に任せて置け」と言った手前
伊東祐親の「頼朝を討て!」という言葉に息子 祐清の頭は真っ白になった。
全ての経緯は自分に責任がある。

頼朝に惚れ込み自分の妹を紹介したのも自分だし、
妹 八重が頼朝に惚れ込む様に仕向けたのも自分だ。
おまけに八重が懐妊したと知った時も千鶴丸が生まれた時も
自分が父親を上手く説得すると頼朝に言い切った。

このままでは頼朝が危ない!
祐清の頭の中は一瞬 真っ白になった。
何とかしなくてはならない・・・祐清は父の追手が頼朝を討つより先に
頼朝のもとに使者を走らせ頼朝に逃げる様に伝えたのである。
蛭ヶ小島で祐清からの「会いに来い」と言う知らせを待っていた頼朝だが
祐清の言葉を信じ そうなる事を願う その一方で大きな不安を拭い去れずに居た。
伊東祐親が自分を許すだろうか?もし許されない時はどうする・・・
そこに届いた報せは「逃げろ」だった。
頼朝の不安が的中したのである。
頼朝は逃げた!逃げた先は意外な場所だった。
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2010年01月14日

源頼朝の危機

源頼朝は12歳で平治の乱での初陣を経験し「負け」を知った。
命からがら逃げ、あげくの果てにたった一人で囚われの身となり
13歳で流刑人となった。
既に多くの危機を経験していた。
ただし これまでの危機は頼朝自身が招いた危機ではない。
父と共に戦い、そして負け・・・言わば周りの大人の都合で味わった危機である。
しかし 今回の危機は大人になった頼朝が自ら招いた危機である。

京に赴任中だった八重姫の父 伊東祐親が伊豆に戻って来た。
先ずは祐親の次男 祐清が祐親の説得にあたる・・・
事情を説明して 孫の顔を見せてから頃合を見て頼朝が挨拶に現れる。
という段取りだったのではないか?
しかし 頑なな伊東祐親を前に 息子 祐清の言葉は無力だった。
そして 可愛い娘 八重の涙も 八重の産んだ可愛い孫の笑顔も
全てが祐親の前に無力だったのである。

お前たちが伊豆の豪族として こうして暮らして行けるのも
 全て平清盛さま あっての事だ! 何を考えておる!!
 こんな事が知れたら 一族の破滅だ。


と言ったかどうだかは分らないが
伊東祐親の脳裏には平氏への恐怖が広がり、その恐怖は頼朝への怒りに変った。
直ぐに頼朝を殺す様に家来に命じたのである。

蛭ヶ小島では不安を感じながら祐清の説得を信じて待つ頼朝がいた。
頼朝はまだ 何も知らなかった・・・頼朝に危機が迫っている。
posted by KANCHI at 09:47| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月11日

源頼朝の不安

源頼朝の不安は募る。
妹 八重姫を頼朝に逢わせた伊東祐清は おそらく頼朝に父 祐親の事も
ある程度の事は話していただろう・・・
父は古い考えの持ち主で いまだ平氏に忠誠を示している。
祐清は古い考えの父を変えたいと思っていた。
これからは平氏に従う時代ではない・・・祐清は頼朝に可能性を感じて
祐親を説得したいと考えていた。俺に任せて置け・・・
という気持ちだっただろう。
妹 八重姫を頼朝に紹介し既成事実を作った。
頑なな父を説得する下準備を整えるつもりだったが・・・
想像以上に事は進んでしまった。

八重姫の想いが頼朝から離れられなくなれば とは考えていたが
まさか妊娠・出産とこんなに早い展開になるとは・・・
それは祐清の想像を超えていたに違いない。
しかし 出来てしまったものはしょうがない。
不安がる頼朝にも「任せて置け」と言うしかないし、
祐清は覚悟を決めて赴任先の京都から戻って来た父 祐親を出迎えた。
posted by KANCHI at 09:57| Comment(0) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

源頼朝の出来ちゃった婚?

源頼朝と八重姫の出会い時期には諸説ある。
一般的には26歳の頃・・・となっているが個人的には納得していない。
勝手な推理をさせてもらうと二十歳を過ぎた辺りだったと思う。
まだ伊東祐親が京都に赴任する前に
父の目を盗みふたりは出会った。引き合わせたのは兄 祐清だ!
伊東の音無神社の境内で殆ど会話も無く
お互いにモジモジしていたのが想像できる。
蛭ヶ小島に戻った頼朝に後悔の念が生まれる。
「再び逢いたい・・・」思いが募る。
なかなか逢えない二人の間を兄 祐清が取り持ち、
八重姫に頼朝の思いを・・・頼朝には妹の思いを
おそらく勝手に色付けして伝え、ふたりの気持ちを盛り上げる。

間もなくして承安元年(1171) 伊東祐親が京都に赴任となった。
今がチャンス!! と思ったに違いない。
逢瀬を重ねた結果八重姫 懐妊・・・出来ちゃった訳だ。
ふたりを逢わせた祐清にしてみれば・・・
可愛い孫の顔を見れば 頑固な父もきっと折れるだろう。
祐清はそう自分に言い聞かせ、ふたりにも言い聞かせた。

承安3年(1173)頼朝の息子 千鶴丸が誕生!
翌年3月・・・伊東祐親は赴任先の京都から伊豆に帰ってきた。
伊東は地震の多いところだが・・・地震より怖い。
地震・雷・火事・オヤジ・・・だが今も昔も
義理の父(オヤジ)」ほど怖いものは無い。
特に 出来ちゃってる場合は・・・・。

posted by KANCHI at 09:38| Comment(1) | 頼朝の恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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