2008年08月11日

源頼朝の罠「安宅の関」その3

源頼朝が弟を捕らえるために作らせた臨時の関所「安宅の関」は
歌舞伎の「勧進帳」や謡曲の「安宅」で有名な話しである。
主君の為に機転を利かせた弁慶の知恵「」と
打付けられながらも それに耐えて許した義経の勇気「」と
男心に打たれ立場を超えて関を通した関守 富樫の義理人情の「」の
その3文字と共に安宅の関址には3人の銅像が建てられている。
石川県小松市の海岸線に沿って(かけはし)が海に注ぐ辺りに安宅住吉神社があり
そこに関所が設けられたと伝えられている。
神社は後に義経が無事に関所を抜けられた事に感謝して建立したと伝えられ
境内には「勧進帳」を読み上げる姿の弁慶の銅像も建っている。
また ここのお守りは難関突破にご利益があるとして受験生に人気がある。
観光地としても多くの人が立ち寄り神社の裏には関所址の碑も建っている。
残念だが、それら全てに水を差さなければならない。
現在では「安宅の関」は存在しなかったと言う説が最も有力である。
安宅の関は あくまでも臨時であるから その場所がはっきりしていないのは
仕方ないと思いたくもなるが、そうでは無い。
どうやら臨時にも置かれていないらしい。

しかし「安宅の関」が存在しなくても 「涙涙の物語が全て作り話しである」という意味では無い。
それに源頼朝が信頼を寄せると書いた関守の 富樫泰親(とがしやすちか)は存在している。
ただし関守ではなく大名だったらしく頼朝に頼まれて関守を務めた訳ではなく
自ら進んで義経一行を捕らえ様とした人物らしい。
確かに場所は此処ではないが義経一行が奥州を目指し、幾つもの関所を抜けたのは事実で
安宅に伝わる物語は、前の三の口の関や後の如意の渡しでの出来事を全てまとめて
劇的に画いたものだと思われる。
そうして見事に「判官びいき」を生み出した。
しかし もしかすると事実は「小説よりも奇なり」だったかも知れない。
posted by KANCHI at 07:26| Comment(0) | 頼朝ゆかりの地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

源頼朝の罠「安宅の関」その2

源頼朝が信頼を寄せる関守 富樫泰親(とがしやすちか)は弁慶の上手な嘘に感心し
義経一行に通行許可を言い渡した。
しかし役人の1人が義経に気付き、再び呼び止められてしまう。
背筋の凍る一瞬だった。弁慶はとっさに大声を上げた。
「ええい法師!そこに直れ!」と言って義経に向け金剛杖を振り上げた。
「この者は我らの旅でも足手まといの法師で、義経どのに似ていると、此処までも何度も疑われ
足止めされ、我らも迷惑して居たのでございます。もう我慢の限界!
いっそ 此処で捕らえられてしまえば清々する。直れ!直れ!」
と言って振り上げた金剛杖で義経の背中を何度も何度も叩き付けて見せた。
義経も唯々 それに耐えていた。その姿に一同はうつむき唇を噛みしめた。
稚児姿の北の方は泣き出し、役人達も思わず目を逸らした。
その様子に思わず関守 富樫は弁慶に言った。
「もしも義経一行であるならば 家来が主君を杖で打付けられるはずが無い。
疑いは晴れた。もう通って良い。」
勿論 それが義経一行である事は富樫泰親には分っていた。
主君を打付けるという弁慶の辛い思い、それに黙って耐える義経の姿に
心を打たれたのである。
こうして義経一行は無事に「安宅の関」を抜けたのである。

その後 弁慶は義経の前に膝ま付き頭を下げた。
咄嗟の事とは言え 主君を叩き付けた事を詫びたのである。
そして義経の気の済むまで自分を打って欲しいと願い出たのである。
しかし義経は 逆に頭を下げて弁慶に言った。
「弁慶の機転のお陰で無事に関を抜けられた。怨むどころか感謝している。」と
その言葉に弁慶は、人生で唯一度の涙を流した。と伝えられている。
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2008年08月04日

源頼朝の罠「安宅の関」その1

源頼朝の命令で作られた安宅の関は臨時の関所であった。
義経一行は そのほんの手前まで「安宅の関」の存在を知らず海岸に沿って進んでいた。
兄 頼朝が自分を捕らえる為だけに作らせた関所があると知り不安が過ぎる。
これまでの様に 上手くは行かないかも知れない と改めて気持ちを引き締めた。
今更 引き返す事は出来ない。一行には進む事しか残されていなかったのである。

安宅の関の関守は加賀の富樫左衛門泰親(とがし ざえもん やすちか)だった。
勤勉で誠実な人物として知られ、頼朝からの信頼も厚かった。
山伏姿の一行は関に差し掛かり旅の目的を尋ねられた。
尽かさず弁慶は答えた。
「我々は熊野の山伏で奈良東大寺再建の勧進のため旅をしております。」
すると関守 富樫泰親は「勧進の為の旅ならば勧進帳を持っているはずだ。」と言った。
勧進帳とは寄付金集めの為の正式な許可証の様な物で、通行許可証の役割を果たす。
勿論 義経一行は偽の山伏であるから勧進帳は持っていない。
しかし弁慶は「勿論 持っております。」と答えて何も書いていない白紙の巻物を取り出した。
すると富樫は「ならば読んで見よ」と言う。
弁慶は白紙の巻物を広げ、あたかも書いてあるかの様にすらすらと読み上げた。
勿論 でたらめである。しかし、その余りの嘘の上手さに疑う余地が無い。
関守 富樫は一行に通行許可を言い渡した。
一行が立ち上がり関所を抜け様とすると役人の1人が義経に気付き声を上げた。
「いや 最後に行く その者!義経によく似ている。」
その言葉に一同の背筋が一瞬にして凍りついた。
posted by KANCHI at 08:23| Comment(0) | 頼朝ゆかりの地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月21日

源頼朝の前でも

源頼朝も弟 義経と同じく恋多き男である。
しかし義経の事を想い唄った静御前に頼朝は怒りを覚え立ち上がろうとした。
それをなだめ 止めたのは頼朝の隣で静御前の舞を見ていた政子であった。
「殿方を慕う女心とは この様なものでございます。
私達にも若き日、同じ様な事がありましたでは御座いませんか?
私が父によって強引に輿入れさせられる事になったあの日の夜、私達も手に手をとって
伊豆の峠を越え伊豆山権現に逃げたでは御座いませんか?
また石橋山の戦に破れ小舟で貴方様が伊豆を逃れました時も
私は連れて行っては頂けませんでした。
あの時の私は引き裂かれるような悲しみで、今の静と同じ想いでした。」
そう言われて・・・頼朝は怒りを押さえ静御前を許したのである。
静御前はこの舞の奉納により多くの大名から褒美を受けたが、
それらを全て八幡宮に寄付し、文治2年(1186)9月16日 鎌倉を発った。

静御前はこの年 出家し、翌年の秋にはこの世を去ったと伝えられている。
美人薄命の言葉通り僅か20年の生涯だった。
全国に静御前の伝承が伝わり、その墓だけでも幾つもある。
北海道 茅部郡森町の姫川や福島県郡山市の美女池には
静御前が身投げしたという伝承がある。
埼玉県 北葛飾郡栗橋町や新潟県 長岡市栃掘、奈良県 大和高田市磯野、兵庫県の淡路島
香川県 木田郡三木町、山口県 阿武郡阿東町、福岡県 福津市津崎町などにも
静御前の墓が伝えられているのである。

誰よりも義経を強く愛し、その想いは頼朝の前でも屈する事は無かった。
この世では義経に逢う事も許されぬまま静かに息を引取ったのである。
posted by KANCHI at 08:40| Comment(0) | 頼朝ゆかりの地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月06日

源頼朝の伝説

源頼朝の伝説は各地にあるが、上陸の地に伝わる幾つかの伝説をご紹介したい。

何しろKANCHIがこの小説を書き始めたのも
嫌われ者の頼朝を「ちゃんと知って貰いたい」と言う思いと
「バスガイドさん達のお役に立ちたい」という思いからで・・・
仕事で使える話しをご紹介しておきたい。

先ずは鋸南町に伝わる伝説を一つ。
この辺りの海岸には「角の無いサザエ」が生息している。
実は、長い間 この角の無いサザエは「この辺りの海は波が荒く
削られているうちに角が無くなった」と言われていたらしい。
しかし最近は逆説が有力で、波の荒い海で育つサザエは流されない様に角が成長し、
穏やかな海で育ったものは角が退化した。というのが真実らしい。
ところで・・・鋸南町のサザエには角が無い。
それは源頼朝がこの地に上陸し船から下りる際、サザエを踏んでしまい、
余りの痛さに思わず「サザエあるとも角あるな!」と言ったらしく
それ以来この辺りのサザエには角が無くなった。と言われている。
サザエのDNAまで変化させてしまうなんて、やっぱり頼朝はすごい!

それではもう一つの上陸地、館山町に伝わる伝説を一つご紹介したい。
上陸の地の石碑のそばに「矢尻の井戸」がある。
近くには「矢尻の井戸前」のバス停があるので目印になる。
この地に頼朝一行が上陸した時、一行は飲み水に困った。
自分に従い運命を共にした家来に水を飲ませたいと願った頼朝は、
願いを込めて持っていた矢を地面に刺した。
すると・・・矢を刺した地面から水が湧き出し、一行は喉を潤したと伝えられている。

・・・・・「頼朝幸運の水」としてペットボトルで販売してはどうだろう?

頼朝上陸の地には他にも数々の伝説が伝わっているが
ほんの一部をご紹介したまで・・・バスガイドさん達、ご利用下さい。

続きは次回。

小説「源頼朝 大好き!!」を始めから順番に読みたい方は
ホームページをご覧下さい。
posted by KANCHI at 22:37| Comment(1) | 頼朝ゆかりの地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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