2011年06月16日

源頼朝の想像の域を超えて

源頼朝本人はもしかしたらあの世で迷惑しているかも知れない。と思う事がある。
頼朝の死について・・・私を含め後の者達が暗殺を示唆したり、
もしかすると端から居ないかも知れない犯人を捜し出そうとしている事をだ。
単なる噂話しを まるで見て来たかの様に描き立てる週刊誌の様に
頼朝はこれらを読んで溜息をついて「何もねぇーよ!」と言っているかも知れない。
頼朝はただ、曽我兄弟の仇討の時、そこに居ただけかも?
そして ただ酒によって落馬しただけかも知れない。
何か事件が起こる度に頼朝を中心に考えて「暗殺」にしたがるのは
源頼朝があまりにも偉大だったからか・・・
頼朝を愛するがあまり…単なる死を複雑にし、
その理由を更に複雑にしているだけかも知れない。

しかし事は重要だ・・・。
もしそうなら犯人は同じであるはずの実朝暗殺によって源氏は3代で絶えたのだから。
そして頼朝が最も信頼を寄せていたはずの家族、北条が引き継ぐ結果となった。
その結果を本当に頼朝は喜んでいるのだろうか?
ひとつ間違えば、家族でもない三浦が引き継いでいたかも知れない。
頼朝の想像の域を超えて鎌倉幕府は形を変えて行った。
posted by KANCHI at 11:54| Comment(0) | 頼朝の家来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

源頼朝の時もそうだった

源頼朝の時もそうだった・・・頼朝暗殺事件の時の事だ。
あの時も暗殺の首謀者は結局 明らかにならず、
真の暗殺対象者と思われる北条時政も源頼朝も死なず
計画は失敗に終わった。
死んだのは源頼朝の家来 工藤祐経、殺したのは曽我兄弟、
目的は父の仇討ち・・・真相を知る2人の兄弟は共に殺された。
そして疑いを掛けられ処分を受けたのは大庭と岡崎。
更に頼朝の弟 範頼だ・・・。
表向きが曽我兄弟の仇討であったために真の首謀者は
最後まであやふやのまま・・・818年が過ぎた今も
罪を問われていない。
例え今それが明らかになっても、確実に時効をむかえている。

今回の実朝暗殺も それに倣って計画されたのではないのか?
と言う事は、あやふやにされた事で得した奴が・・・
少なくとも それを知っている奴が犯人だと言う事だ。
どちらかの犯人が明らかになれば、両方の事件の犯人が判る。

真相を知る公卿は殺された。
そして三浦一族は生き残ったのである。
posted by KANCHI at 10:05| Comment(0) | 頼朝の家来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月09日

源頼朝の孫は暗殺ロボット

源頼朝の息子 実朝を殺したのは、公卿である。
その公卿は頼朝の孫であり、実朝の甥だ。
公卿は実朝を父 頼家の仇と信じていた。
自分が将軍に成れないのも実朝がいるからだと信じていたし、
実朝がいなくなれば自分が将軍になれるとも信じていた。
そうさせたのは乳母父である三浦氏だったであろう。
公卿はそれを信じ、それを実行したに過ぎない。

しかし公卿以外は ほぼ誰しもが、そうはならない事を知っていただろう。
もっと公卿が事前に その事を誰にでも相談できる環境にあれば
それが有り得ない事で「怪しいよ」と教えてくれる者もあっただろうが
暗殺を相談できるはずもないし、公卿のまわりは三浦が固めていた。
つまり公卿は三浦氏によって作り出された「暗殺実行ロボット」だ。
暗殺ロボットは目的を果たし、プログラム通りに尊暁の屋敷に身を寄せて
三浦氏からの次の指示を待っていた。
しかし三浦氏側にしか分からないミスがあった・・・計画変更を余儀なくされる。
尊暁の屋敷に現れた三浦はいきなり公卿を斬り付けた。
公卿はこれっぽっちも疑ってはいなかっただろう。三浦に斬られる事など・・・

しかしこれは計画変更などではない。
まさに これこそが三浦氏の計画通りだったのではないのか?!
posted by KANCHI at 12:00| Comment(1) | 頼朝の家来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月06日

源頼朝ならまだしも

源頼朝ならまだしも、どう考えても実朝には暗殺される理由が見当たらない。
実朝を殺しても誰も得しないし、政に変化が起こるとも考えにくい。
強いて言うなら公卿だけが自分が次の将軍に成れると信じていた。
と言うよりは「信じ込まされていた」・・・
誰が何のために公卿にそう思い込ませたのか?
それはおそらく…三浦氏が、北条を殺すために、そうしたのだろう。
北条を殺す理由は知られてはならない。
理由が明らかになれば首謀者が分かってしまうからだ。
だから実朝暗殺のどさくさに紛れて殺さなければならなかった。

公卿は実朝を殺し、三浦に言われた通りに太刀持ち役を斬った。
北条義時が太刀持ち役だと聞いていたからだ・・・
しかし北条義時は事前に危険を察知し源仲章と交代していた。
源仲章は義時の代わりに殺された。
公卿にとっての暗殺計画は成功したが、
三浦氏にとっての暗殺計画は失敗に終わった。
しかし三浦氏による「公卿でカモフラージュ」作戦は
無駄では無かった様である。
posted by KANCHI at 10:37| Comment(0) | 頼朝の家来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

源頼朝の家来「三浦」の選択

源頼朝の息子 実朝が暗殺された時、計画通りなら
執権 北条義時も殺されているはずだった・・・むしろ
本当の標的は実朝ではなく北条だ。しかし計画は失敗に終わった。
実朝は死んだが義時は無事だった。
その事実を知った時 三浦の表情は青ざめたであろう。
そして頭の中はフル回転させていたに違いない。
おそらく2つのエアコンが同じ部屋にあって、片方は暖房でガンガン暖めようとし、
もう片方は冷房がギンギンに冷やしていている状態に似ている。
混乱して結局 何も思い付かない状態だ。

三浦義村の頭にまっ先に浮かんだのは「逃げられない」と言う事だろう。
失敗は許されない、もう言い訳もない事は計画の段階で分かっていた。
一族の運命を掛けた計画に失敗したのだから
今すぐに開き直り北条と戦う準備をするべきか?
それとも、あくまで白を切り とぼけて北条のご機嫌伺いに行くべきか?
全てを公卿1人に押し付けて生き残りの可能性に賭けるべきか?

その2つの選択肢はあまりにも正反対で、考えはまとまらない。
しかし三浦は今までと同じやり方で一族の生き残りを掛けた。
それが、最も三浦らしい選択だった様に思えてならない。
三浦は北条の味方となって生きる道を選んだのである。

posted by KANCHI at 11:06| Comment(0) | 頼朝の家来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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