2011年05月30日

源頼朝のあとがま二人

源頼朝の暗殺計画の時には北条氏と当主は義時の父 時政だった。
それに三浦氏も当主は義村の父 三浦義澄(よしずみ)の時代で、
頼朝と共に命を狙われていた北条時政も三浦氏との関係は深く、親しかったはずである。
ただし本心までは覗き見る事が難しい。
何しろ三浦氏が表舞台に立つチャンスはすぐ目の前に見えていたのだから・・・

三浦が北条の敵だったか味方だったか?
それは永遠に明かされる事はないだろう。
しかし、それぞれの息子達はこの時、友人同士だった。
それもかなり深く信頼し合っていた仲であったと言い切る事ができる。
三浦義村は北条義時を助けようとして
暗殺計画の夜、宿へ戻ろうとする義時を引き留めようとした。
もしかすると、それが計画の失敗につながったかも知れない。

後になって、曽我兄弟の仇討が実は頼朝暗殺計画であり、
更に執権 北条時政暗殺計画だったのではないか?となった時、
北条義時は三浦義村の友情を改めて感じたであろう。
そして皮肉にも時は流れ、二人はそれぞれの当主となる。
父の時と同じ様に、仲良しの関係だけでは事は済まなくなるのである。
posted by KANCHI at 14:11| Comment(0) | 頼朝の家来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月26日

源頼朝の陰に潜んで

源頼朝の暗殺計画の黒幕についてはさておいて、
その後に起こった実朝暗殺に関しては、三浦氏が関わらないはずがない。
なぜなら実朝を殺したのが公卿であり、その公卿の乳母父が三浦義村であるからだ。
この状況で三浦にはどんな言い訳が出来るだろうか?
例えば三浦氏の後ろに別の黒幕や協力者が居たとしても
三浦氏と事件の関連を切り離す理由にはならない。
つまり、実朝暗殺は三浦一族の一族の運命を掛けた一大決心であったのだ。
もしかすると三浦氏が初めて本気で北条氏を敵に回した瞬間だったかも知れない。
計画通りに事が進み実朝と北条を倒す事が出来れば幕府全体が大きく動き、
陰に潜んでいた三浦一族は一気に表舞台に立つ事になる。
・・・勿論 三浦は成功を疑ってはいなかっただろう。
乳母父を務めている自分に、一体どんな言い訳があると言うのか・・・
計画の失敗は三浦一族の滅亡を意味する事も覚悟の上だったに違いない。

しかし計画は失敗に終わった。
実朝は倒せたが、肝心の北条は倒せなかった。
それでも三浦が滅亡しなかった理由・・・それには
これまでに積み上げて来た三浦と北条の関係に大きな理由があったのかも知れない。

posted by KANCHI at 08:07| Comment(0) | 頼朝の家来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月23日

源頼朝とのタイミング

源頼朝にとって北条は単なる足掛かりではなかった。
若き日の命の恩人であり、妻の家族であり、
源氏の家族を失くした頼朝にとっては家族そのものである。
家族のためなら自分が足掛かりにされても構わなかっただろう。
その点では北条と他の家来とではが意味が違う。
一方の三浦とはどうだろう?
誰よりも早くに流刑人 源頼朝に味方すると決断し
城を失ってまで頼朝の為に戦い続けた三浦に
頼朝は一目も二目も置いていただろうし感謝もしていただろう。
しかし家族として接していたかどうかを思うと
その部分では明らかに北条のそれとは違いがあったと思うしかない。

そんな風に考えると、三浦が頼朝の家族になれた瞬間は
頼朝の孫 公卿の乳母父になった時だったかも知れない。
ようやく友人であり、ライバルである北条と肩を並べたと感じていたかも知れない。
しかし、その時には もう既に頼朝はこの世の者ではなかった。
頼朝が生きているうちに頼朝の家族になる方法を選んでいたら
三浦にはそれは簡単だったかも知れない。
しかし三浦のプライドがそれを邪魔した。
そして ようやく公卿の乳母父になった時には頼朝はいなかった。
三浦は尽くタイミングを外して生きて来た一族に思えてならない。
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2011年05月19日

源頼朝の匂い

源頼朝のやり方に乗せられて多くの家来が競い合ったが、
そんな中にいて、乗せられまいと必死で模索しながら
生き残った一族が北条であり三浦であろう。
大河ドラマ「草燃える」も中に山木判官を討つ時の頼朝の様子と
その頼朝を冷静に観察する北条義時の様子が描かれている。
頼朝はドラマの中で、自らに味方する遠方の家来たちが駆け参じる度に
その手を取り「そなたが頼りだ」と言って涙を流し、
義時はその様子を見ながら それが頼朝の本心か?演技か?と疑っている。
姉の政子はすっかり頼朝にホの字だし、父 時政は平氏との戦いにやる気満々だが
この時、すでに義時は同じ北条一族でありながらも
「自分だけは騙されない」と頼朝への警戒心を強め、決心を固めた様に思える。

人間は無意識のうちに自分と似ている匂いを持つ人間を嗅ぎ分けるものだが、
この時 北条義時は頼朝の匂いを感じ取り、
また三浦は、その頼朝の匂いと義時の匂いを
同時に感じ取っていたのではないだろうか?
posted by KANCHI at 09:11| Comment(0) | 頼朝の家来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月16日

源頼朝のやり方

源頼朝を足掛かりにして自分や一族の幸せを願った家来達は
一族の壁を越えて団結したかの様に見えたが、実はそうではない。
彼らは源頼朝という源氏の旗印のもとに集結しただけであって
ただの一度も団結などしてはいないのである。
誰が一足先に秀でるか、誰が手柄をたてるか?
誰が頼朝に気に入られ褒美を貰うか?
おそらくそれしか考えてはいなかっただろう。
それは彼らのこれまでの戦を見ればわかる。

そして源頼朝も彼らの団結など望んではいなかっただろう。
望んでいたのは源氏の再興であり、むしろ彼らが団結せずに競い合う事を
頼朝は望み、その事を利用して来たであろう。
頼朝自身が気付いていたはずである。
彼らにとっても自分が単なる足掛かりだった事を・・・。

団結ではなく集結しただけの彼らは
一旦自らが不利だと分かれば態度を一転させる。
みんな揃って仲良く出世などあり得ない事だからだ。
北条一族の出世は、北条一族以外の者には
楽しくないに決まっている。
そして彼らは次々と滅びて行き姿を消してゆく事になる。
範頼と義経を競わせ、義仲と義経を競わせ・・・
佐々木と梶原を競わせ・・・それが頼朝のやり方だ。
そうして北条は、そして三浦は辛うじて生き残ったのである。
posted by KANCHI at 02:28| Comment(0) | 頼朝の家来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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