2008年02月28日

源頼朝の旗挙げ

源頼朝と北条政子の恋は歴史を大きく動かした。
いよいよ頼朝の「旗挙げ」である。
その最初の戦いの相手は恋敵、山木兼隆、
それは治承4年(1180)8月17日の出来事である。
その日は伊豆 三島大社の祭礼の日であった。
源頼朝はこの日を選んだのである。
そして一つの偶然が重なった・・・それは以仁王(もちひとおう)の勅令であった。

以仁王は後白河天皇の第3皇子であったが、平氏の政治に強い不満を抱いていた。
簡単に言えば皇位継承問題である。
その時、伊豆に流刑となっていた源頼朝に目を付け平氏打倒の勅令を下したのである。
前にも天皇と武士の関係について話した事があるが、
平氏の権力は天皇との係わりを持つ事で成立していた。
その関係が成立している限り、平氏に逆らう事は天皇に逆らう事と同じと見なされ
平氏と戦う事は逆賊、賊軍と見なされるのである。
ところが以仁王から勅令を受けると言う事は
正式に平氏を討てるという事・・・・源頼朝が官軍となる事である。
この「勅令」と「源頼朝の恋」が偶然、重なったのである。

その夜、代官 山木兼隆は黄瀬川の宿で宴を催していた。
館を留守にしていたのである。
源頼朝は山木兼隆の館に火を掛ける様に命じ、その命をも奪ったのである。
posted by KANCHI at 23:50| Comment(0) | 頼朝の戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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